Memory1 空
鳴り響く警告音。右方向からだ。
「くっ!!」
右にめいいっぱい旋回。
しかし、警告音は止まない。むしろさっきより大きくなっている。
「なっ、なんでよ! ふりはら‥‥‥えない‥‥‥!」
速度はすでに最大にまで達している。
「ギリギリまで‥‥‥降下するか‥‥‥。」
すさまじいスピードで急降下する。
そして、地面スレスレの地点で、
「いまっ!!」
機首を最大にまであげる。
機体はなんとか地面スレスレで飛行している。
だが、それでも警告音は止まない。
さっきよりもさらに機体との距離を縮めるミサイル。その数三。
一基は急降下でふりきれたが、残り二基はまだだ。
「もう~~~!!しつこいって!!
しつこいやつは‥‥ってうわ!?」
前方の岩をなんとかかわす。
「しつこいやつは、モテないぞーー!!」
二基の内一基が岩に激突。
花火のように華やかに。
「よーし‥‥‥。残り一基!!」
舵を上げ青空へ一直線。
両翼からすさまじい音がする。
高度が上がる。さらに上がる。
「う‥‥うっ‥‥!」
しかし機体にかかる圧力は想像を絶するものである。
地表から大気圏辺りまでの急上昇。
機体が耐えることができても、人間には厳しい。
「や‥‥‥やば‥‥い‥‥‥。」
とうとう限界がきた。
ブースターを緩めた瞬間‥‥‥。
辺り一面真っ暗。
「また‥‥‥やっちゃった‥‥‥。」
『ソラ!!
ったく、な・ん・で・あんたはいつもそこで急上昇するのぉ?!』
「うるさいなぁ~~~。
あたし撃墜されたんだよ?!
そこはさぁ、普通心配するもんでしょ~~?」
今度は逆から
『ハルネの言うとおり!
ソラは焦り過ぎなんだよ。
もっと気楽に考えようぜ!』
「始まってすぐ撃墜されたあんたにだけは絶対に言われたくない。」
『そ、それはだな‥‥‥、その~‥‥あれだ、あれ‥‥‥。
油断‥‥‥、そう!油断!!
ちょっと油断してただけなんだ!』
『戦場で油断なんてしてたら死ぬわよ。』
『ハ、ハルネまで‥‥‥‥。』
シュー
暗かったコクピットが開く。
対空戦特殊訓練装置。
日本空軍の有する模擬戦闘システム。
気圧、酸素濃度、空気抵抗、風‥‥‥等々の環境条件が完璧に再現されている。
自衛隊の方にも数台あるが主に日本空軍で活躍している。
「あのね‥‥。ここの施設を使える回数は少ないってのに、あんたやる気あるの?!」
ソラの所へ駆け寄るハルネ。
ソラの前に仁王立ち。
身長が低いのがまぁ、なんとも可愛いらしい。
ヨミウエ ハルネ (詠上春音)。
日本空軍付属パイロット養成施設、通称『 夜宵学院 』。
日本空軍が管理する施設で、配属されている部門は、パイロットコース、エンジニアコース、ナビゲーションコース、オペレーションコース、メンテナンスコース等がある。
ハルネはパイロットコースに所属している。
そしてハルネの背後から
「ちゃんとしてくれよ~~~。
俺もっと上手くなりたいって!!!」
キミジマ アキラ (君嶋彰)。
ハルネと同じくパイロットコース所属の。
二人の説教に対してコクピットの中から姿を表すソラ。
ドア付近にもたれかかっていた二人を押し倒す。
二人はそのまま地面へ落下。
ゴチーン!
すごい音が鳴ったけど気にしないでおこう。
「二人とも‥‥‥‥。黙って聞いてりゃ調子にのりやがって‥‥‥!!
まずは自分達がちゃんとしてくれないと何にもできないの!!
わかる?!
始まってすぐに撃墜されたアキラ!!
私の言ったとおりに全く動こうとしないハルネ!!
あんたたち‥‥‥。よくもまぁ、そんなに人をバカにできたもんだわ‥‥‥。
か~く~ご~~~~しろぉぉぉっ!!」
倒れている二人に容赦なくとび乗る。
アマギ ソラ (天城空)。
ハルネやアキラと同じくパイロットコース所属の2年生。
短く切られた茶色の髪。
肩にかかるかかからないかの瀬戸際。
その髪がふわふわとばさつく。
パイロットヘルメットをとったばかりだからか、いつもより小さく見える。
「こらぁっ!きさまたち!
早くこの場所から出てけ!!
次の生徒が来るだろが!!」
上のフロアから怒鳴る教官。
チョビヒゲ。本人はあれでカッコイイとでも思っているのだろうか。
我慢できずに笑いが出てしまう。横を見たらハルネ達も同じだった。
そりゃそうでしょ。
あれ見て笑わない方がむしろ難しい。
急いで走るが、それでも笑いは止まらない。
訓練所から出てきたと同時に、
「アハハハハッ」
大きな声で笑い出す。
もはや人目さえ気にしていない。
「あれ、あのチョビ‥‥。
アハハハハッ」
「そうね、フフッ、あれは確かに卑怯よね。」
三人のそばを通る教官たちがにらんでいる。
そんなの気にしない。
もはや止めれる人はいない。
「あぁあ。久しぶりにこんなに笑った。
なんかスッキリしちゃった。」
「スッキリした、ってあんたなんかストレスでもたまってたの?」
ソラの心配をするハルネ。
さっきまではあんだけ愚痴を言っていたが、二人はこうみえても、親友なのだ。
夜宵学院に入学したときからの仲。
「ストレス‥‥‥‥‥っていうか、う~~~~ん。
なんて言うのかな?」
首を傾げハルネに近付く。
反射的に距離をおく。
なっ?!
「いやいや‥‥。あたしに聞かないでよ‥‥‥‥。」
「う~~~~~ん。」
腕を組み考える姿勢に入る。
「あれ?」
何かに気付いたかのように声をあげる。
「そういえばアキラわ?」
「アキラならさっき、あっちに向かって走って行ったよ?
お腹押さえてね。笑」
ハルネが指差したのは夜宵学院本館。
「あいつ‥‥‥‥‥足速いんだ。」
「いや、私たちが気付かなかっただけ。」
静まりかえる。
顔を見合わせる。見つめ合う二人。
周りの人たちから見たら、今にもケンカをし始めそうな感じがぷんぷん漂っている。
ソラは上から目線。ハルネは下から目線。
すごい身長差。
いや‥‥‥‥。ハルネが小さすぎるだけ。
「‥‥‥‥‥っぷぷ。
ッアハハハハハハハ!アハハハ!
せこいって、ハルネ!
あんたの‥‥あんたの顔おもしろすぎだって!
アハハハハ!」
「そっち?!
あたしてっきり、『アキラって本当存在薄いよね~~』って言うと思ったのに!
って、それひどくない?!
人の顔をおもしろいとか。
第一あんたはね‥‥‥‥」
ギャーギャーわめくハルネ。
性悪女!とか遅刻女!だとか貧乳!だとか‥‥。
ソラに対する悪口が止まらない。
「ん?」
全ての言葉を聞き流そうとしていたソラだが‥‥
「今‥‥‥‥‥‥貧乳って言った‥‥?」
ソラの左目の下まぶたがケイレンでも起こしたのか、ぴくぴくと動く。
「ぬぅぅ!!
ハルネーーー!!!」
チャイムの音さえもかき消した。
「あんた、それだけは絶対私に言っちゃダメっ!っていうかタブー!!」
ハルネの顔に自分の顔を近づけて言った。
驚いたのか、「うわっ」っと声をあげ後ろに倒れるハルネ。
そして背を向け声を小さくして言った。
「私‥けっこう気にしてるの!
言っとくけど、胸に自信はないけど、
スタイルに関しては結構自信あるんだよ?」
腰に手をあて最後の一文だけ自信満々に言う。
「第一、胸なんてものはただの飾り!
そんなものなんていらない!」
凄まじいスピードでしゃべり始めた。
でも確かにソラの言っていることに間違いはない。
身長162センチ。スリーサイズは上から63・59・88。
女の子なら誰もが尊敬するスリーサイズ。(一番上を除く)
「あれ?」
話の勢いが止まり後ろを振り返る。
無言のまま目を大きくパチパチさせ後ろを見つめる。
左を見て、右を見て、もう一度左を見て‥‥‥‥
何回か周りを見た後首を傾げ、「なんで?」と軽く呟くが、海を飛んでいるカモメの鳴き声にかき消され、全く聞こえない。
「ハルネわ?」
ア然と立ちずさむ。
消えたのだ。
さっきまで後ろにいた
ハルネが。
「そういえば、チャイムまだだっけ?」
学院の頂上付近に飾ってあるごくシンプルな時計。
その上には一羽の白い鳥のシンボル。
空に向かって今にも飛び出しそうな感じに、優雅に構えている。
時計に目を向け時間を確認した時、
「って授業もう始まってるーーーーーっっっ。」
時計はすでに授業開始の時間から5分を回っていた。
焦って走り出すソラ。
海から吹く海風が痛いくらいに顔をたたく。
「ヤバイヤバイ」と口ずさみなからも軽やかな足どりで本館に向かう。
右側から吹きよせる海風。
その方角には青い海が広がっている。
今にも吸い込まれそうな澄み切った青。
日本で一番キレイな海らしい。
「あ、ムラサメ!」
海の手前に位置する一本の道。
そんなに大きくない滑走路である。
そして一機の戦闘機。
SDF-C002。
( Self Defence Form - 防衛目的専用戦闘機 )
通称『ムラサメ』。
日本空軍が開発した最新鋭戦闘機。
試作機001の改良型。
今では日本空軍の主力戦闘機。
とは言っても主に自衛隊が管理している。
ムラサメが配備されている訓練校は夜宵学院のたった一校だけである。
滑走路を見つめながら、今にも落ちそうな教科書を抱え走っているが、
ガッ!
「いぃっ?!」
教科書を落とさないように注意していたソラは、前にあった段差に気付かずつまづく。
「うそ‥‥‥」
ズッデーン
キレイに顔面から地面へ激突。必死にかばっていた教科書も空しくも宙に舞い、辺り一面に散らばる。
ソラは顔を地面につけたまま、お尻を上に突き上げた状態で静止。
もはや乙女の見えてしまってはいけないものさえも見えている。
「う~~~。ついてないなぁ‥‥。」
地面にくっついたままの顔をあげ、その場で女の子座り。
おでこには大きな赤いたんこぶが。
「今日の運勢最悪‥‥。
占い見とけばよかったなぁ。
ラッキーアイテムとか持ってたら絶対大丈夫だったのに!」
おでこを押さえ、「痛いよ‥」などと言いながらも、周りの教科書を広い始めるソラ。
遠くにとんでいった教科書も、なんとか座ってとろうとする。
最後にはうつぶせになり地面に寝そべるような形になった。
「‥‥‥‥お前はバカか。」
「ん?」
うつぶせになっといる姿勢から、顔をにょき~っとあげてみせる。
「なっ?!」
驚き跳び起きる。
まるで、犬に吠えられた猫のように、2メートルはとんだだろう。
せっかく回収した教科書も、またぶっ飛ぶ。
「な、なんで‥‥君が‥‥ここに?‥‥」
おどおどした口調でその少年に向かって言った。
よく見れば左頬をピクピクさせているのが分かる。
「はぁ?
それ、こっちのセリフなんだけど。」
ソラの前に立っているパイロットスーツを着た少年。
髪は肩にかかるくらいの長さで少し茶色い。
「そっ、その‥‥‥。」
目は前髪にかくれているが、海のように澄み切った青色の目がたまに見える。
「今の‥‥‥‥見てた?」
その分目つきの悪さをなんとか隠せている。
「一部‥‥始終‥‥?」
身長はソラよりも高く、176センチ。
「ハハハ‥‥、見てたよね‥‥?」
しなやかに伸びた長い足。
その足がスリムな体をより一層際立たしている。
「は、恥ずかしいなぁ。」
彼の名は。
「って聞いてるの?!
ツバサ君!!」
ハヤミ ツバサ (早躬翼)
パイロットコース所属の一つ上の先輩。
学院一の秀才で、かつ、戦闘機の腕は全生徒の中でダントツの一位。
すでに卒業後の進路さえも決まっているらしい。
そんな天才に惚れている女がここに一人。
その名はソラ。
入学当時、彼を初めて見たときから一目惚れしたのだ。
でもなぜか周りの人には、「え?!あんな目つきの悪い人を?!」とか、「天城‥‥‥‥死ぬなよ。」とか「あの人全然しゃべらないから怖いよ‥‥。」などと言われる。
そのたびにソラはこう言っていたそうだ。
「それでも私は惚れたんです!!」
「‥‥‥‥‥?」
首を傾げるツバサ。
そして、なぜか本当に口に出してしまったソラ。
その言葉を言った直後、ソラの顔から血の気が引いていき、青白くなっていくのがよく分かる。
しかし、青白くなったと思えば今度は顔を真っ赤に染め、
「どぇ~~~~~?!
いっ、今の‥‥‥聞こえたの?‥‥」
「何を?」
たった一言だが、他の人たちからしたら
今にも殺されそうな感じに聞こえてしまう。
「いや!なんでもない!
うん!
なんでもないっ!」
ホッとしたソラ。
少し肩の力を抜いて軽く深呼吸。
「で、何してるのツバサ君?」
「答える必要などない。」
また一言呟き、ソラの横を通りすぎようとする、が。
「‥‥‥何をしている。」
ソラよりも10センチ程高い目線から見下ろす冷たい目。
澄み切った青がさらに見える。
「答えて!」
「断る。」
「答えなさい!」
「邪魔だ。」
ツバサが左に寄ればソラも。
ツバサが右に寄ればソラも。
「答えてっ!」
「おい、後ろ。」
「後ろ?」
何かに気付いたかのように反応したツバサ。
驚いて振り返ってみる。
「何も‥‥‥‥ないよ?」
後ろには何もない。
見えているのは白い鳥のシンボルがある夜宵学院本館。
そして、ゆっくりと方向を戻すが、
「あれ?」
さっきまで近くにいたツバサが今でははるか向こう。
滑走路に止まっていたムラサメに乗ろうとしている。
「ちょっとーーー!!
人が話してるってのになんで無視するのよ!
ツバサ君?!いい?!
レディに対してはもっと優しく接しないとダメなんだよ!」
ツバサに向かって大声で叫ぶが虚しくも無視された。
すでにヘルメットを被りコクピットに入ろうとしている。
「ま、でも今ここで、
ごめんソラ。俺が悪かった。
って言ってくれたらぁ?
許してあげなくもないわよ?」
自信たっぷりの本人。
心の中で、『我ながら完璧なセリフ』。
腰に手をあて2、3回頷いてみせた。
「そういうレディに対して一言言わしてもらう。」
少し黙ってからヘルメット越しにこう放つ。
「お前にピンクは合わない。」
そう言ってコクピットに入っていった。
頭をフル回転させる。
今の頭の回転ならたとえ東大の問題も解けるはず。
それ程頭を使っている。
なにせ、ツバサがソラに対して言葉を発するのは本当にごく稀なことだからだ。
「‥‥‥‥‥あれ?ピンク?」
自分の服を見てみるが、灰色の軍服にピンクなんてない。
ならばピンクはいったい何なのか。
「あ、そういえば。」
一滴の汗を流し、息を飲む。
「今日何色だっけ?」
全機能停止。
爆発寸前の火山のように顔が真っ赤に染まる。
温度は軽く40度を越えてるはず。
「いやぁぁっっ!!!!」
辺りに響く叫び声。
グランドを走っていた生徒達も空を飛んでいた鳥も驚く程に。
「どこ見てんのよっっ!!
っていうか、なんで見たの?!
ツっ、ツバサ君ってそんな人だったの?!
って聞きなさいよっ!!」
もはや聞く耳もたない。
ツバサはそのままムラサメのコクピットを閉めた。
そういえば、ムラサメのテストパイロットってツバサ君だっけ?―――――――――
突然激しい風がソラを襲う。
あわててスカートをおさえ、なぜか反射的に、
「‥‥‥テイクオフ。」
青い光がはっきりと見える。
ソラはと言えば、そのまま手を空に向けて揺らし始める。
ムラサメが右に傾けば右に。
左に傾けば左に。
そんな子供のようなことを。
そうしている内にもうムラサメはみえなくなってしまった。
でもそらはそれでも左手を空に向けたまま、左やに、右に傾ける。
気付けば右手も同じことをしている。
今度は頭も、足も。
遂には、その場で躍ってしまっているではないか。
さらに鼻歌まで歌い始める。
「ラララ~♪」だとか「ルルルン♪」だとか。
よく分からないリズムで躍り続ける。
いや、舞い続ける。
その姿はまるで空の妖精。
両手を広げて回ってみせたり、軽やかに跳んで見せたり。
「あははっ!
なんか楽しい!!」
笑顔全快のソラ。
その笑顔はまさに妖精そのもの。
「次の授業いいやっ。
さぼっちゃお~っと!!」
舞いは止まらない。
本人も夢中になり周りのことなんか見えていない。
それに気付いていない。
そう。
教官達がにらんでいるということも。