第二部 第36話 契約の残火
アルトの掌に残った「ルナの涙」の欠片は、夜明けの陽光を浴びて淡く脈動していた。
その光が砂漠の地面に模様を描き出す。複雑に絡み合う紋様、そして古代語の断片。
「……これは、記録?」
セシリアが目を見開く。
やがて光の紋様は、立体的な幻影を結んだ。
そこに浮かび上がったのは、かつて存在した異星の者たちの姿。
彼らは人間と向かい合い、手を取り合っている。
『我らはこの星と契約する。
“均衡”を守るため、涙を媒介に未来を託す。』
低く響く声が、直接心に届いた。
ファントムが息を呑む。
「……やはり、ルナの涙は“契約の証”だったか。」
幻影は続いた。
だが、次に映し出されたのは光ではなく、黒い炎だった。
都市が焼かれ、空が裂け、星そのものが崩壊していく。
『均衡が破れし時、涙は“残火”を残す。
選ばれし者よ、それを継ぎ、再び均衡を灯せ。』
声はそう告げ、やがて光は静かに消えた。
セシリアは震える声で呟いた。
「残火……つまり、この欠片がその“残された火”ってこと?」
アルトは欠片を見つめながら頷く。
「だろうな。だが、火は灯さなければ意味がない。」
ファントムは目を細める。
「……誰かが、この契約を破ろうとしている。だからこそ均衡が揺らいでいる。」
その言葉の直後、砂漠の空に黒い影が走った。
鳥のようであり、獣のようでもある、形を定めぬ異形。
「来たか……!」
アルトは即座に構え、セシリアも銃を抜く。
黒影は声なき咆哮をあげ、砂漠を震わせた。
その中心には人影が立っていた。
白い仮面――《ヴェイル》。
「選ばれし者よ。契約の残火を持つ君を、試させてもらう。」
仮面の奥から冷ややかな声が響く。
アルトは欠片を握り締め、低く答えた。
「いいぜ。だが試すっていうなら、覚悟しろよ……
“怪盗”は試されるんじゃない、試す側なんだからな!」
砂漠の夜明けを切り裂いて、戦いの火蓋が切って落とされた。




