第二部 第32話―深淵との決闘
黒い靄は形を定め、巨大な影の獣となって広間を覆った。
無数の瞳が同時に瞬き、空気が震える。
それは「深淵の意志」――すべての記録と欲望が歪んだ残滓。
セシリアが叫ぶ。
「これは……“契約を破棄した者たち”の成れの果て!?」
ファントムが剣を抜き、アルトの前に並び立つ。
「アルト。お前が盗んだ答え、本当に証明できるか?」
アルトは口元に笑みを浮かべた。
「俺のやり方はいつだってシンプルさ。奪われる前に盗む。
未来も、恐怖も、そして絶望すら。」
黒い獣が咆哮し、幾重もの触手が襲いかかる。
ドレイヴンがその前に躍り出て、炎の刃で払い落とす。
「言葉は後だ! 今は均衡を守るために戦え!」
セシリアは祈るように両手を組み、結界の光を広げた。
「アルト、あなただけが“涙”に選ばれた!
その力を、この世界を護るために使って!」
アルトは一瞬目を閉じ、胸奥の共鳴を感じた。
ルナの涙は彼の手を離れ、次元の奥に隠したはずだった。
だが今、その鼓動が確かに心臓に響いている。
「……そうか。隠したんじゃない。俺自身が“器”になったんだ。」
彼の掌から青い光が溢れ、影の獣の動きが鈍る。
触手が次々と崩れ落ち、虚無の叫びが広間に響いた。
「怪盗アルト……」ファントムが呟く。
「お前は未来を盗むだけじゃなく、均衡そのものを背負ったのか。」
アルトは軽く肩を竦め、光の刃を形成する。
「盗んじまったからには、最後まで面倒を見ないとな。」
青と黒の光が激突し、広間全体が震えた。
刹那、彼の仲間たちの声が背中を押す。
「行け、アルト!」
「均衡を……守り抜け!」
アルトは最後の跳躍を放ち、青い刃を影の中心に突き立てた。
――眩い閃光と共に、深淵の意志は崩壊していった。
残響の中、広間に静寂が戻る。
青い光は消え、ただアルトの掌に温もりだけが残った。
彼は息を吐き、ぽつりと呟いた。
「均衡ってのは……盗んで、守るものだ。」




