第二部 第24話―契約の継承戦 ― 深淵との激突
黒い霧は、形を持たぬまま結晶の周囲を覆っていった。
それは影のようでありながら、無数の囁き声が混ざり合う集合意識だった。
「……人の子よ。なぜ契約を継ぐ。」
低く重なり合う声が、アルトの鼓膜を裂くように響く。
「均衡はすでに崩れた。ここでお前が選ぶのは、救済ではなく――さらなる絶望だ。」
アルトは目を細め、短剣を構えた。
「黙れ。俺は……俺自身の選択でここにいる。」
〈ルナの涙〉が脈動する。
その光に呼応するように、黒い影が凝縮し、やがて巨大な「腕」の形を成した。
影の触手が空間を引き裂き、星のような光粒が次々と飲み込まれていく。
「ここで喰われれば、この記録ごと消える……!」
ファントムの声が鋭く飛ぶ。
アルトは頷き、結晶へと手を伸ばした。
「ルナの涙……俺に力を貸せ!」
瞬間、青い閃光が走り、アルトの全身を覆った。
彼の影が結晶と重なり、蒼い紋章が胸に刻まれる。
「選ばれし者……!」
ファントムが息を呑む。
黒い影が襲いかかる。
アルトは短剣を振るい、光の刃で闇を切り裂いた。
刃は空を裂き、霧の一部を消し飛ばす――だが次の瞬間、影は再生し、倍に膨れ上がる。
「ちっ……やっぱり、そう簡単にはいかねぇか。」
ファントムが一歩前に出た。
仮面の奥の瞳に、覚悟の光が宿る。
「アルト。あれを斬り裂けるのはお前だけだ。だが――道を作るのは私の役目だ。」
彼女のマントが翻り、黒い影の群れへ突き進む。
影の腕が幾重にも襲いかかるが、ファントムの体術と暗器が空間に舞い、闇を切り裂いていく。
「行け、アルト!」
アルトは迷わなかった。
胸の紋章がさらに輝き、彼の姿は青白い光に包まれる。
「これが……契約の継承!」
彼は結晶に短剣を突き立てた。
次の瞬間、〈ルナの涙〉の光が爆発し、空間全体を覆い尽くす。
黒い影が悲鳴をあげる。
「まだ……終わらぬ……我らは均衡そのもの……!」
光と闇が拮抗し、空間そのものが裂けていく。
アルトの体は限界を超えていた。
だが彼は叫ぶ。
「均衡を守るのは“災厄”じゃない! 未来を選ぶ、俺たちだ!」
その声に応えるように、〈ルナの涙〉が砕け、青い破片が無数の光粒となって空に舞った。
黒い影は一瞬の絶叫と共に霧散し、結晶の核だけが静かに残った。
――沈黙。
アルトは膝をつき、荒い息を吐いた。
ファントムが彼の肩に手を置く。
「……よくやったな。」
だが、彼女の瞳には不安が宿っていた。
「影は消えたが……あれは断片にすぎない。残りは必ず、再び姿を現す。」
アルトは顔を上げる。
蒼い残光が、まだ彼の胸に灯っていた。
「なら、全部盗んでやるさ。――この手で。」
空間の奥で、新たな扉が静かに開き始めていた。




