第二部 第19話 ―灰の街に潜む者たち-
灰に包まれた街の地下、湿った石壁に囲まれた細い通路をアルトとファントムは歩いていた。
地上では火の手があがり、鎧を着た兵たちが盗賊を探し回っている。
その喧騒をよそに、二人は灯りも持たず、静かに地下の奥へ進んでいた。
「……ここだ」
アルトが立ち止まった先には、古びた鉄扉。錆に覆われた取っ手に手をかけると、低く軋む音を立てて開いた。
中には机と棚、そして無数の羊皮紙や古文書が散らばっていた。
ファントムが目を細める。
「……契約の記録を探すには、ここが最適ね」
アルトは鼻を鳴らした。
「どうせ罠だらけだ。お前の嗅覚で見抜けるか?」
「任せて。罠は人の癖の延長線にあるものよ」
ファントムは棚の奥から一枚の封印された巻物を見つけ、手袋越しに慎重に持ち上げた。
表紙には古代語で刻まれた文が浮かび上がっていた。
――“ルナの涙は、選ばれし者の心を映す鏡なり”。
その瞬間、部屋全体に低い振動が走り、壁に刻まれていた模様が淡く青く光を帯び始めた。
アルトは即座に剣を抜き、壁際へ飛び退いた。
「チッ、やっぱり来やがったか!」
通路の奥から、黒い影の群れが這い出してくる。
それは人の形を模した影――闇に生きる兵の残滓だった。
ファントムは巻物を胸に抱え、紫の瞳で影を睨みつける。
「アルト、あんたはあれを引きつけて。私はこの記録を解放する」
「命令するなよ!」と悪態をつきながらも、アルトは躊躇なく影の群れに飛び込む。
剣先が青白い光を弾き、闇を裂く音が地下に響いた。
その背を見ながら、ファントムは封印を解き始める。
古代語の呪句を小さく呟く彼女の声は震えていなかった――だが、その奥に隠された焦燥は、彼女自身にしか分からないものだった。
巻物の封印がほどけ、部屋に広がった光が天井を突き抜けて空へと昇っていった。
街の上空に、青白い柱のような輝きが立ち昇る。
それは「ルナの涙」が眠る場所を指し示す、古の道標だった。




