52.第二部 第2話 ― 海の果ての影 ―
港町を出航した小さな船は、未知の大陸を目指して大海原を進んでいた。
潮風は穏やかで、波の音は心地よく響く。だが、アルトの胸の奥では緊張が渦を巻いていた。
——ルナの涙が、ときおり淡い青光を放つのだ。まるで進むべき道を指し示すように。
「……妙に静かね」
船縁にもたれながら、セシリアが呟いた。
「嵐もなければ、鳥の影もない。まるで——」
「俺たちが“歓迎されてる”みたいだな。」
アルトが冗談めかして言うと、ファントムは無言で空を見上げる。
その瞬間だった。
海の地平線に、黒い霞のようなものが揺らめいた。やがてそれは形を変え、巨大な影が海上に立ち上がる。
塔の幻影。アルトが夜に見たビジョンと同じ、星空を貫く影が、海上に揺らめいていた。
「……見えるのか?」
「ええ、はっきりと。」セシリアが息を呑む。
ファントムは剣に手をかけたまま、影を睨みつけた。
「“招かれている”んだろう。だが、歓迎か、あるいは——試練か。」
やがて、影が消えると同時に海面が激しく波立った。
船を揺らしながら、水面から現れたのは無数の黒き鳥の群れだった。
その目は赤く光り、まるで一つの意志に操られているかのように、船へと襲いかかってくる。
「やっぱり歓迎じゃなさそうね!」
セシリアが叫び、魔力を込めた光弾を放つ。
ファントムは影のように舞い、剣で次々と鳥を斬り裂く。
アルトは甲板を駆けながら、舵を操って船を翻した。
だが、群れは尽きない。まるで塔の影そのものが生み出しているかのように、次々と湧き上がってくる。
アルトの胸で、ルナの涙が眩いほどの光を放った。
「導いてくれってのか……なら、俺が盗むのは道筋だ!」
結晶を掲げた瞬間、光が広がり、黒い鳥たちは一斉に悲鳴を上げて霧のように消え去った。
海は再び静寂に包まれる。だが、その静けさは嵐の前触れに思えた。
「アルト……今のは?」
セシリアが息を整えながら問う。
「“鍵”だ。ルナの涙は、この先にある扉を開かせたいんだろう。」
アルトは結晶を握りしめ、遠くに霞む大陸を見据えた。
その視線の先で、雲間から稲妻が走った。
黒い塔の幻影が、再び一瞬だけ姿を現す。
「どうやら、本当に“試される”ようだな。」
ファントムの低い声が、波間に溶けていった。
——そして船は、未知の大陸へと進み始める。




