5.エメラルドの聖杯 ~3.終焉の中の真実~
アルトが「エメラルドの聖杯」の前に立つと、部屋の空気が急に張り詰めた。
その時、ヴァネッサは再び微笑んだ。「今よ、ヴァンス」
青白い月明かりが聖杯の緑の輝きをさらに際立たせる。彼の背後には、今にも襲いかかろうとする世界的犯罪組織カーディナルの構成員の1人ヴァンスが鋭い視線を向けていた。
「そいつはどうかな?」その言葉とともに
ファントムがいつの間にかヴァネッサの横に現れた。
「会場内の隅にいる、アンタを見た時から不審には思っていた。そして、声を掛けたときに怪盗という一言で、私の正体を特定し微笑んだ。だから念のため、マークしていたのさ下手な小細工をされるよりも、作戦に乗るふりをした方が効果的だと思ってね。」
「じゃあな、ヴァネッサ」ヴァネッサの意識は無くなった。
「これが全ての答えだ。」アルトは静かに呟いた。
ヴァンスの声が冷たく響く。「その聖杯が全てを解決するというのか?」
「いや、解決するかどうかは分からない。ただ、これを解き明かさなければ前には進めない。」アルトは聖杯に手を伸ばす。その瞬間、聖杯から突然、緑色の光が放たれた。
光が部屋全体を包み込み、アルトたちの周囲の時間が止まったように感じられる。その光景にヴァンスも一瞬、動きを止めた。だが、アルトだけは迷わなかった。聖杯を持ち上げ、その中を覗き込む。
聖杯の中には、まるで別の世界が広がっているようだった。そこには過去のエルミア家の歴史が映し出されていた。栄華を極めた一族が次第に力を失い、その原因が裏切りと陰謀によるものだと示されている。
アルトはその映像の中に、自分が求めていた答えを見つけた。エルミア家が抱える秘密。それは「ルナの涙」や「エメラルドの聖杯」など、古代の秘宝が持つ力を巡る争いの記録だった。そして、その秘宝がもたらす力は、ただの財産や権力ではなく、人間の記憶を封じ込めたり、解き放ったりする力だった。
ファントムがアルトの隣で静かに呟いた。「やはりこれが目的だったのね。記憶の解放……。エルミア家はそれを恐れて秘宝を隠した。」
ヴァンスが鋭い声で割り込む。「その聖杯の力を手に入れれば、全てが思いのままだ。だが、それを誰が使うべきかは別問題だ。」
アルトは聖杯を握りしめたまま、ゆっくりとヴァンスの方を向いた。「この力は誰かの所有物になるべきではない。それが一族の悲劇を生んだ原因だ。」
ヴァンスはアルトの言葉に鼻で笑い、突如銃を抜いた。「それを判断するのはお前じゃない!」
その瞬間、ファントムが素早く動き、アルトの前に立ちはだかった。「待ちなさい、ヴァンス。もしこの力を使えば、あなただってその代償を支払うことになるわ。」
ヴァンスは一瞬ためらうが、銃口は揺るがない。「代償だと? そんなもの、俺には関係ない!」
アルトは深呼吸し、静かに聖杯を掲げた。「なら、全てを終わらせるしかない。」
聖杯がさらに強い光を放つ。その光はヴァンスの銃を弾き飛ばし、彼を圧倒する力で後退させた。アルトとファントムの間に立ち込める光は、次第にその空間を埋め尽くし、全てを包み込んでいく。
光の中で、アルトは独り言のように呟いた。「これが正しい道かどうかは分からない。でも、誰かがこの連鎖を断ち切らなければならない。」
光を収めると、聖杯は静かに砕け散り、その破片が消えていった。アルトの手には何も残らず、ヴァンスも腰を抜かし気を失って倒れていた。
ファントムはその光景を見つめながら、静かに微笑んだ。「あなたらしい選択ね。」
アルトは何も答えず、ただ空を見上げた。月は以前と同じように輝いていたが、彼の心には何か新しい光が宿っているようだった。
事件が終わり、アルトは街を離れることを決めた。ファントムもまた、次の計画に向けて動き出そうとしていた。二人が交わす言葉は少なかったが、互いに何かを理解しているようだった。
「次はどこへ行くつもり?」ファントムが問いかけた。
アルトは振り返らずに答えた。「風の向くままに。だが、きっとまた会うさ。」
ファントムは微笑み、その場を去っていった。アルトは静かに歩き出し、夜の街に消えていく。
新たな冒険の始まりを予感させながら、アルトの姿は闇の中に溶け込んでいった。