35.もう一人の影~3.鏡の決闘~
——その夜。
再構築された街の屋根の上、アルトは一人、影を追っていた。
昼間に見かけた“黒い影”が、また現れたのだ。
しかも今度は、彼の足跡を先導するかのように、
屋根から屋根へと静かに跳んでいく。
風の切れる音、月の光が鋭く輪郭を描く。
影は決して振り返らない。
アルト(誘ってる……?)
やがて辿り着いた先は、
再構築後には存在しないはずの、
旧時代の時計塔——朽ちたはずの姿がそこにあった。
塔の中は静寂に包まれ、時間そのものが止まっているようだった。
階段を上がるたび、空気は冷え、
壁には過去と未来が入り混じった光景が幻のように映し出される。
かつての仲間、失った者たち、
そして——まだ見ぬ未来の自分。
頂上に辿り着いた瞬間、黒い影は形を変えた。
そこに立っていたのは、
アルトと同じ身長、同じ声色を持つ“もう一人のアルト”だった。
黒いアルト「……お前が“未来を盗んだ”張本人か」
アルト「そっちこそ、俺の影を勝手に名乗るなよ」
黒いアルトは、ルナの涙の青い光と紅の結晶の残滓を両手に掲げる。
黒いアルト「この世界は未完成だ。
俺はお前から“未来の残り”を奪う」
そう言って、彼は時計塔の鐘を鳴らした。
次の瞬間、塔の周囲の世界が音もなく崩れ、
アルトと黒いアルトだけが、真白な無の空間に取り残された——。
真白な空間に、二つの影が立つ。
足元には影もなく、ただ互いの存在だけが浮かび上がっている。
黒いアルト「ここは、お前が“盗み忘れた未来”が行き着く場所だ」
アルト「盗み忘れた? 俺は全部、自分の手で選んできた」
黒いアルト「それが間違いだと知ったとき……お前はどうする?」
黒いアルトが踏み出す。
その動きは、まるで鏡に映る自分自身のように同調し、
一瞬の遅れもなくアルトの動きを予測している。
攻撃を繰り出せば、同じ速度で返される。
避ければ、同じ角度で迫られる。
——このままでは、永遠に決着はつかない。
アルトは懐からルナの涙を取り出す。
結晶が淡く光を放つと、黒いアルトの瞳にも青い光が宿る。
黒いアルト「……その光は、俺にも届く」
アルト「じゃあ、教えてやるよ。“盗賊のやり方”を」
アルトはルナの涙の光を一瞬だけ強め、
影が完全に同調した瞬間、わざと動きを乱した。
予測が崩れた一拍、黒いアルトの胸元に手を伸ばす。
そこで掴んだのは——自分と同じ形をした、半透明の結晶。
結晶を引き抜くと、黒いアルトの姿は淡く崩れ始めた。
黒いアルト「俺は……お前が切り捨てた“可能性”だ」
アルト「つまり、未来の残骸か」
黒いアルト「残骸でも……お前を守ろうとした」
その声は、やがて風に溶けて消えた。
白い空間も、音も、すべてがゆっくりと元の時計塔の屋上へ戻っていく。
アルトの手の中には、ルナの涙と、黒い結晶——
二つの未来が並んでいた。




