34.もう一人の影~2.黒い影~
黒い裂け目は、音もなく広がっていった。
建物も地面も、空気さえも吸い込まれるように崩れ、
アルト、ファントム、そしてセシリアは抗う間もなく虚無の中へと呑み込まれた。
次にアルトが目を開けた時、そこは——「何もない」場所だった。
上も下も、遠近も存在しない空間。
ただ、足元には薄く波打つ光の道が伸びている。
その道の先に、人影がひとつ。
アルト「……また、お前か」
そこに立っていたのは、映像で見た“もう一人のアルト”だった。
衣服は古代の戦装束のようで、胸元には青と紅、二つの結晶が嵌め込まれている。
もう一人のアルト「時を越えた盗人よ。ここは“契約の間”——選ばれし者だけが辿り着く場所だ」
男は静かに語り始めた。
ルナの涙と紅の結晶は、本来ひとつの存在。
太古の戦争の際、人類と異星双方の「願い」を守るため、二つに分けられた。
その力は「再構築」か「完全消去」のどちらかしか選べない。
世界を創り直すか、すべてを虚無に還すか。
最後の選択は、常に“二人”によって下される。
もう一人のアルト「……そして今、その時が再び訪れた。お前と——ファントムによって」
背後に気配を感じ、アルトは振り返る。
そこにはファントムが立っていた。
紅の結晶は淡く光り、彼の表情は静かだが、どこか諦めを含んでいた。
ファントム「俺は……消すつもりだった。全てを。
だが——お前の目を見たら、それが間違いかもしれないと思った」
セシリアが二人の間に立つ。
セシリア「未来を盗むって、そういうことでしょ? 消すんじゃなく、守るために奪う」
アルトは深く息を吸い、青い結晶を掲げた。
アルト「じゃあ、二つの力を……盗み、未来に隠す!」
次の瞬間、青と紅の光が重なり合い、
契約の間はまばゆい輝きに包まれていく。
——そして、その光の先に、新たな世界の輪郭が現れ始めた。
——まぶしさと共に、意識が浮上していく。
アルトはまるで水面から顔を出したような感覚で目を開けた。
そこは崩壊前の都市……ではない。
見慣れた建物が並びながらも、空の色は淡い瑠璃色に染まり、
空中にはゆっくりと光の粒が漂っていた。
セシリア「……ここ、どこ?」
アルト「……多分、“俺たちが作った世界”だ」
少し離れた場所で、ファントムが立っていた。
彼の持つ紅の結晶はひび割れ、もう力は失われている。
ファントム「どうやら……再構築は成功したらしいな」
「ただし、全てを元に戻したわけじゃない。
いくつかの出来事は……歴史から“盗まれた”」
その証拠に、崩壊の記憶を持っているのは三人だけだった。
街の中央広場に向かう途中、アルトは空を見上げた。
そこには小さな月のような光球が浮かび、
中心には青と紅、二色の輝きが脈動している。
セシリア「あれ……ルナの涙と紅の結晶?」
ファントム「そうだ。二つは再び一つになった。
だが……まだ“契約”は終わっていない」
ファントムの視線は、どこか遠くを見ていた。
まるで、この新しい世界のさらに外に、
何かが待ち構えていることを知っているように。
広場の噴水前に着いた時、
アルトは一瞬、視界の端に“黒い影”を見た。
それは以前の災厄の残滓なのか、
それとも別の何者か……判別できないまま、影は人混みに紛れて消えた。
アルト(まだ終わっちゃいない、ってことか)
口元に笑みを浮かべると、
彼はセシリアと並んで歩き出した。
アルト「さぁ、未来を盗みに行こう」
鐘の音が、再び新しい世界に響き渡った——。




