第197話 崩れた選択
◆**満月前夜**
夜は、妙に静かだった。
風もなく、犬も鳴かない。
街の灯りだけが、規則正しく息をしている。
満月まで、あと一晩。
ゆづきは胸の奥に、鈍い違和感を覚えていた。
「……近い」
「ええ」
ファントムも同じ方向を見ている。
「“選択不能点”が、動き始めてる」
◆**最初のノイズ**
それは、救急車のサイレンだった。
一台。
不自然なくらい、近い。
反射的に、二人は走った。
◆**間に合わなかった場所**
交差点。
自転車が転がり、
大人が一人、倒れている。
血は少ない。
だが、意識はない。
「事故……?」
ミナトが、息を切らして言う。
ゆづきは答えなかった。
見えてしまったからだ。
――**この人には、さっき“別の選択肢”があった。**
◆**消えなかった未来**
本来なら。
家を出るのを、三分遅らせていた。
信号は、青ではなく赤だった。
衝突は、起きなかった。
でも。
その未来は、消えなかった。
そして――**上書きもされなかった。**
「……これが」
ミナトが、声を絞る。
「俺たちが、選ばせた結果?」
「違う」
ファントムが即座に否定する。
「**選ばせた“責任”を、誰も引き受けなかった結果**」
◆**語り手の限界**
救急隊員が動く。
現実は現実として進む。
ゆづきは、震える手で胸元を押さえた。
「私……まとめきれなかった」
「完璧じゃなくていい」
ファントムはそう言ったが――
目は、厳しかった。
「でも、逃げる理由にもならない」
◆**現れる“答え”**
背後から、静かな声。
「その通りだ」
振り返るまでもない。
――代理人。
だが、前よりも“人間的”だった。
「初めてだな」
彼は、倒れた男を見る。
「**非管理の未来で、現実の被害が出たのは**」
「……責めに来た?」
ゆづきが聞く。
「いいや」
彼は首を振った。
「観測しに来ただけだ」
◆**選択の代償**
「自由とは」
代理人は続ける。
「選択できる、という意味ではない」
一拍。
「**選ばなかった責任を、引き受ける覚悟があるか**だ」
ミナトが、拳を握る。
「あんたたちは、それを奪ってた!」
「そうだ」
即答だった。
「だから君たちは、今ここにいる」
◆**語り手は、逃げない**
ゆづきは、代理人を真っ直ぐ見た。
「……私は」
声は、揺れていない。
「この人の未来を、戻せない」
「正しい」
「でも」
一歩、前に出る。
「**この現実から、目を逸らさない**」
胸の光が、強くなる。
青と金が、混ざる。
◆**新しい役割**
「管理もしない。
押し付けもしない」
ゆづきの言葉は、夜に落ちる。
「**選択の“後”に、共に立つ**」
沈黙。
代理人は、初めて戸惑った。
「……それは」
「効率が、悪い」
「知ってる」
ゆづきは微笑った。
「人間だもの」
◆**記録される失敗**
救急車が、走り去る。
助かったかどうかは、まだ分からない。
だが――
物語は、続きを許された。
◆**次の局面**
代理人は、ゆっくりと退く。
「満月だ」
「ええ」
ゆづきは答える。
「次は?」
「**選択不能点が、複数、同時に開く**」
彼は言った。
「君は――
“一人では、守れない”」
◆**夜明け前**
街が、わずかにざわめく。
ミナトが、低く言う。
「……それでも、行く?」
ゆづきは、迷わなかった。
「行く」
ファントムも、隣に立つ。
「一緒に」
満月は、もう昇り始めている。
選択は、増え続ける。
逃げ場は、ない。




