第180話 影が消えた夜
影のゆづきが弾けるように消えてから、数分。
部屋には、まだ“影の痛み”の名残のような冷気が漂っていた。
ゆづきは布団を抱え、震える声でつぶやく。
「……呼ばれたって……どこに……?」
影の行き先は、どこなのか。
生きているのか、壊されたのかすらわからない。
ファントムはゆづきの肩を抱き寄せ、静かに答えた。
「影を連れ去ったのは――未来そのものの“処理システム”よ。
第三勢力は感情を持たない。
“未来の渋滞を解消するためだけに動く装置”みたいなものだわ」
「装置……?」
「ええ。目的はただひとつ。
選ばれない未来を排除すること」
その言葉に、ゆづきの心が大きくざわついた。
「だから影のゆづきは……連れていかれたの……?」
「そう。
“あなたの未来を奪うつもりの別可能性”と判断されたのね」
「……そんなの、勝手すぎるよ!!」
ゆづきの声が部屋に響いた。
ファントムは、強すぎる怒りを静めるようにゆづきの背を撫でる。
「ゆづき。あなたが怒るのは正しいわ。
でも、怒りだけじゃ影は救えない。
取り戻す方法を、今から一緒に考えましょう」
ゆづきは涙を拭い、小さく頷いた。
◆第三勢力の痕跡
その時だった。
部屋の中央──
床に“黒い砂”がわずかに現れた。
「……これ、影の……?」
ゆづきがそっと触れようとした瞬間。
——カッ。
黒い砂が自ら浮き上がり、空中で不自然な軌跡を描いた。
円でも、線でもない。
認識できない形を作っては崩れ、また浮かび上がる。
「これは……第三勢力の“座標残滓”ね」
「座標……?」
「ええ。
連れ去った影をどこに運んだのか、わずかな痕跡が残ってる」
ファントムはその形を凝視し、眉をわずかに寄せた。
「まずいわ……」
「ま、まずいって……?」
「第三勢力が影を持ち去った場所は——
あなたの“過去の可能性”に繋がる領域よ」
「過去……?」
「そう。未来だけでなく、
“あなたが選ばなかった過去”まで処理し始めている」
ぞくりと背筋を何かが這い上がった。
◆影の声が、遠くから聞こえた
突然、部屋に淡い風が吹き抜けた。
ゆづきの耳元で、かすかな声が震えた。
――……ゆ……づき……きて……
「影の……声……!!」
ゆづきが勢いよく立ち上がる。
「聞こえたよ!ファントム……影が呼んでる!
まだ消えてない! 生きてる!」
ファントムはすぐに肩をつかみ、強く頷いた。
「ええ、行きましょう。
第三勢力が介入する前に、影を取り戻すわ」
床に浮いた黒い砂の軌跡がふっと光り、
“現実では見えない扉”の輪郭を描いた。
◆選択の扉
ファントムはゆづきの手を握る。
「いい? ゆづき。
この扉を開けるのは簡単じゃない。
あなたの未来と過去が混ざり合う危険な空間よ」
「それでも……影を助けに行きたい」
ゆづきの胸の奥で、“語り手の光”が強く脈打った。
その瞬間——
扉が音もなく開く。
暗闇の奥から、微かに影の泣き声が聞こえた。
――ゆづき……たすけて……
ゆづきは迷わず一歩踏み出した。
「待ってて。必ず迎えに行くから」
ファントムも後に続く。
「一緒に行きましょう。絶対にあなたを孤独にしない」
二人は“選択の扉”へ消えていった。
◆その先で待つもの
扉が閉まる直前、闇の中で何かがうごめいた。
人の形をした“歪んだ影”が、ゆづきたちの背中を見て呟いた。
――“語り手”が……動いた……
――“影のゆづき”は……
まだ第二段階の変異が終わっていない……
――間に合うかどうかは……
ゆづきの選択次第……
そして静かに闇へ溶けていっ




