21.虚空の花園 ― 第1話 招かれざる花の宴
月がビルのガラスに滲む夜、都心の高層ビル屋上で「ノクティルカの夜」と題された秘密の花展が始まろうとしていた。一般公開はされず、招待状を持つ者のみが入場を許される。招待客の多くは名のある富豪や芸術家、そして──犯罪組織のブローカーたち。
この夜、アルトに密命を託したのは、元カーディナルの幹部で現在は消息を絶った科学者、神代レイだった。レイはかつて倫理審査を担当していたが、虚空の花の研究が兵器として転用されることを知り、内部告発を試みた結果、追われる身となった。
彼は、かつて恩を売った怪盗アルトに接触し、「虚空の花」を奪い去るという一世一代の依頼を託した。記憶を操る花が、再び人の心を壊す前に。
「頼れるのは、お前だけだ。あの花は、決して展示されてはならない。」
アルトは無言で依頼状を受け取り、懐へと収めた。
そして今、一人の招かれざる男が現れた。黒のスーツに身を包み、仮面の下から青い瞳を覗かせる青年。怪盗アルト。
展示の目玉は「虚空の花」。人工的に復元された、見る者の過去を呼び覚ますとされる伝説の花だった。その隣には銀製のオルゴールが置かれており、花の香りと音楽が共鳴することで幻覚作用を強めるという。
「記憶を操る芸術か。危うい香りがするな。」
アルトが静かに観察していると、周囲の空気が変わる。会場の一角に、真っ白なドレスと仮面をまとった女性──〈ラ・ブランシュ〉が現れた。彼女の動きには迷いがなく、展示に近づく目は鋭い。
だが、次の瞬間、オルゴールの音色が場内に響き渡った。微かに青く光る花の中心から、幻影があふれ出す。来場者たちは次々と立ち尽くし、過去の幻に囚われていく。
「これは…」
アルトはハンカチを鼻に当て、後退した。幻影の中心で、〈ラ・ブランシュ〉はただ一人、花に手を伸ばしていた。
「お前もそれを狙っているのか?」
問いに彼女は答えず、ただ静かに言った。
「この花が私を、妹の元へ導くはずなの。」




