第56話 「黒き装置の正体」
広場の空気は焦げたように重く、粉塵の中で人々の怯えた声が遠くに聞こえていた。
セシリアが少年を抱き寄せながら、震える声でつぶやく。
「よかった……生きてる……」
だがアルトは、瓦礫の向こうに漂う異様な気配から目を逸らさなかった。
黒い外套の刺客は、炎に焼かれた布を払い落としながら立ち上がる。
その手に握られた装置は、まるで生き物のように脈打ち、黒い光を放っていた。
『……驚いたぞ。媒介が暴走せず、共鳴に至るとはな』
男の声は低く、だが奇妙な愉悦を含んでいた。
『この装置――《リグレイター》は、欠片の波動を増幅・制御するために作られた“枷”だ。本来は失敗作だったが……こうしてみると、まだ使い道がありそうだ』
ヴェイルが眉をひそめる。
「制御するだと? そんなもん……ただの兵器だろ」
男は嘲笑した。
『兵器? いや、これは“扉の鍵”だ。欠片は散らばったままでは不完全。だが、この鍵を用いれば……一つの核として再構成できる』
その言葉に、セシリアの顔が蒼白になる。
「まさか……欠片を集めて“完全な結晶”に戻す気なの?」
アルトは歯を食いしばり、少年を地面に下ろすと前へ出た。
「そんなことはさせない。欠片は人を守るためのものだ。お前たちの道具にはならない!」
男の影が揺らぎ、背後に黒い羽根のような形状が広がった。
それは装置から溢れ出すエネルギーの具現――まるで虚空そのものが姿を変えたようだった。
『ならば証明してみろ。お前の青い欠片が、“鍵”に抗えるかどうかをな』
瞬間、広場全体を覆う黒い衝撃波が走る。
石畳が割れ、噴水の残骸が宙に舞う。
人々の悲鳴が再び響き渡り、結界を張るセシリアの体に汗が滴り落ちた。
「アルト、ヴェイル……! これ以上は私だけじゃ守りきれない!」
「わかってる!」
ヴェイルが剣を握り直し、炎をまとわせる。
「なら、俺たちで押し返すしかねぇ!」
アルトは胸の欠片を強く握った。
鼓動が痛みに変わりながらも、光は彼の体を駆け巡り、青い軌跡を描く。
「……欠片よ。俺に力を貸せ。この街を――みんなを守るために!」
青と黒、二つの力が広場で激突しようとしていた。