第54話「市場の罠」
翌日、陽光に包まれた街の市場は、朝から活気にあふれていた。
露店には果物や香辛料、布地や装飾品が並び、人々の声と笑いがあちこちから響く。
一見すれば、昨日の不穏な影など存在しなかったかのようだった。
だが――アルトたちの目には、広場全体を覆う「ざわめき」の奥に潜む異質な気配が感じ取れていた。
セシリアが囁く。
「結界に反応がある……でも、場所を絞れない。市場全体に紛れてる」
ヴェイルは人混みを見渡しながら口をゆがめた。
「この混雑だ。敵が暴れれば、真っ先に被害を受けるのは市民だぜ」
アルトは胸の欠片を押さえた。微かな痛みとともに、青い光が市場の中心――噴水のある広場へと導く。
「……あそこだ。奴らは、広場で仕掛けてくる」
三人は視線を交わし、雑踏の中を進んだ。
その時、噴水の縁に座っていた少年が、ふいに苦しそうに胸を押さえた。
次の瞬間、青白い光が彼の身体から吹き出し、周囲の人々が悲鳴を上げて後退する。
「まさか……!」
セシリアが目を見開いた。
「欠片の影響が、市民にまで……!」
少年の背後から、昨日の刺客が姿を現した。
黒い外套を翻し、手にした装置を少年へ向けると、光はまるで吸い込まれるように渦を巻いた。
『……なるほど。やはり欠片は“媒介”を選ぶ。ならば、この街ごと実験場にしてやろう』
その声に、周囲の人々が一斉に逃げ出す。市場はたちまち混乱に包まれた。
ヴェイルが舌打ちして剣を抜く。
「クソッ……こんなとこで暴れやがって!」
アルトは少年に駆け寄り、欠片をかざした。
「セシリア、結界で少年を守れ! ヴェイル、敵を引き離せ!」
「了解!」
「任せろ!」
三人の動きが噴水広場を中心に展開する。
セシリアが結界を展開し、光を暴走から守る。
ヴェイルは炎の剣を振り、刺客の注意を引く。
アルトは欠片を少年の胸に重ね、自らの鼓動で暴走を抑え込もうとした。
だがその瞬間、刺客の装置から黒い刃が放たれ、一直線にアルトへと迫る。
「アルト!」
セシリアの叫びが響いた。
市場全体が震える中、青と黒の光が交錯し――新たな戦いが幕を開けた。