第26話「影の囁き」
闇と光がぶつかり合い、広間の空気は焼け焦げるような緊張に包まれていた。
影は霧のように姿を分裂させ、三人を囲む。
赤い瞳があちこちで光り、嘲るように声が響く。
「ルナの涙の欠片……それは選ばれし者に力を与える。だが同時に、代償を奪い去るものだ」
アルトは刃を構え、息を荒く吐きながら叫んだ。
「代償だと? お前の言葉なんか信じない!」
だが影の声は冷たく、耳ではなく心に直接突き刺さる。
「アルト、お前の胸に残る痛みはただの幻覚か?
守りたいものを守る代わりに――別のものを失う。それがルナの涙の宿命だ」
セシリアの顔が一瞬曇った。
「……アルト、気を取られないで!」
ヴェイルはすぐに剣を振るい、迫る影を切り払う。
「こいつの狙いは揺さぶりだ。耳を貸すな!」
しかし、影の言葉は止まらない。
「セシリア……お前が抱える罪は、光では消せぬ。
ヴェイル……お前の冷静さの裏にある恐怖、俺には見えるぞ」
三人の心がかき乱され、光が一瞬揺らいだ。
影はその隙を突いて襲いかかり、アルトの刃とぶつかる。
強烈な衝撃で床の紋様が砕け、青白い光が広間に散った。
「ぐっ……!」
アルトは後退しながらも、胸元の欠片を必死に握りしめる。
「俺は……何も失わない! セシリアも、ヴェイルも!」
刹那、欠片が大きく脈打ち、三人の光が重なり合った。
眩い輝きが広間を満たし、影の分身が次々と焼き払われていく。
「これが……俺たちの力だ!」
光に包まれたアルトの叫びと共に、影は一瞬だけ後退した。
だが赤い瞳はなお消えず、闇の奥で妖しく輝いていた。
「……悪くない。だが覚えておけ。代償は必ず、お前たちを追う」
その言葉を残し、影は広間の奥へと消えた。
静寂が戻ると、三人は息を切らしながら互いを見た。
セシリアは震える声で問いかける。
「アルト……本当に、大丈夫?」
アルトは痛みに顔を歪めながらも、力強く頷いた。
「俺は……負けない。代償がどうあろうと、仲間を守る」
ヴェイルも剣を下ろし、低くつぶやく。
「だが、あの影の言葉……無視はできないな」
三人の心に、不安の影が深く刻まれる。
ルナの涙の力、それは希望であると同時に、避けられぬ試練の始まりでもあった。