第8話「審判の回廊」
青白い光の中、アルト、セシリア、ヴェイルは祠の奥へと進む。
廊下の壁は無数の鏡で覆われており、光を反射して歪んだ空間が果てしなく続いているかのようだ。
「……ここが、審判の回廊か」
ヴェイルが低くつぶやく。
「契約の刻印が反応している。ここに入った者の心が試されるらしい。」
アルトは拳を握った。
胸の奥の痛みは、まだ鮮明だ。
大切な記憶が、少しずつ霞んでいく。
あの夜、セシリアと笑った日々も、今この瞬間に遠ざかっているような感覚があった。
「俺……行くぞ」
言葉に力を込めて歩を進める。
だが、回廊に足を踏み入れた瞬間、三人はそれぞれの幻影に引きずり込まれた。
アルトの視界に浮かび上がったのは、消えかけた自分の記憶。
幼い日の母の笑顔、初めて盗みを成功させた瞬間、そしてセシリアの優しい笑み――
しかし、それらの映像は歪み、次第に崩れ落ちていく。
「いや……やめろ……!」
手を伸ばしても、掴むことはできない。
まるで自分自身の手が透明になってしまったかのようだ。
セシリアもまた、幻影に囚われる。
過去に助けられなかった人々の姿が現れ、責め立てる声が回廊に響く。
「あなたは、私たちを見捨てた……!」
ヴェイルは冷静を装っていたが、胸の中では恐怖と葛藤が膨らむ。
目の前には、自分が裏切ったかもしれない未来の自分が立っている。
「俺……俺は間違っていないはずだ……」
だがその声も、回廊の歪んだ空気に飲み込まれそうになる。
アルトは必死に思い出す。
「忘れるな……これは試練だ。俺たちの心が試されているだけだ」
青い刻印が再び輝き、痛みを伴いながらも、アルトに力を与える。
その光に導かれ、手を伸ばすと、幻影の向こうにセシリアの姿がぼんやりと見えた。
「セシリア……俺たちは、ここを抜ける!」
声に決意が宿る。
幻影が一瞬揺れ、回廊の歪みが静まる。
ヴェイルも気づき、アルトの背後から手を差し伸べた。
「俺たち三人なら……乗り越えられるはずだ」
三人の手が重なった瞬間、回廊全体が震え、青白い光が渦巻きながら壁を突き破った。
そして、三人は重力も時間も無視したかのような空間を抜け、次の場所――巨大な円形の広間へと投げ出された。
そこには、ルナの涙の原石が浮かぶ祭壇が一つ、静かに光を放っている。
光の中、クロノスの幻影が低く告げる。
『これが最初の試練の報酬だ。
だが、この光を手にするには……己の最も大切なものを捧げねばならぬ』
アルトは祭壇に近づく。
胸の奥に痛む刻印の感覚。
そして、セシリアの手を握る自分の意志。
「……俺は、失っても……守るべきものを守る」
アルトの決意が光と重なり、祭壇の前に奇妙な反応が起こった。
青い光が強くなり、アルト、セシリア、ヴェイルを包み込む。
その中で、三人の心は試練の本質――「失うことの恐怖」と真正面から向き合わされるのだった。