第二部 第91話 契約の果て
轟音と共に空間が崩壊し、黒と青の光が渦を巻いた。
アルトとファントムは、その中心で最後の影と対峙していた。
「……見ろ。この姿こそ、人の心そのものだ」
クロノスの声が、裂けた空間に木霊する。
漆黒の核は人型を模していた。
それはアルト自身の影であり、ファントムの影でもあった。
過去の過ちと後悔が、血肉を得たかのように迫ってくる。
アルトの胸に、記憶が次々と流れ込む。
――取り逃した獲物。
――救えなかった笑顔。
――手を離した瞬間の絶望。
「俺の……影……」
膝が折れかける。
だが隣でファントムが、そっと肩を支えた。
「影を恐れるな。盗むんでしょ? それが、あんたのやり方じゃない」
アルトは深く息を吸い、笑みを浮かべる。
「そうだな。怪盗は“影”すら盗んでみせる」
ルナの涙が光を強め、二人の心がひとつに共鳴した。
結晶から放たれる青の輝きは、契約の記録を呼び覚ます。
『影は否定するものではない。
それは未来の礎。
二つの心が重なり合う時、虚空は道となる』
その言葉と同時に、ファントムが一歩前に出る。
「私の影は、あんたに預ける。だから、未来を盗んで」
アルトはうなずき、結晶を掲げた。
青い閃光が迸り、黒い影を貫く。
クロノスの叫びが断末魔のように響き、空間そのものが浄化されていった。
――そして、静寂。
崩れ去ったはずの異空間の残骸に、かすかな光が漂う。
それは「ルナの涙」の核に残された最後の記録だった。
『契約は果たされた。
だが、この物語はまだ途上。
均衡を守る者よ、次の門を開け。』
光が消えた後、アルトとファントムは廃墟の中央に立っていた。
息を荒げながら、互いに視線を交わす。
「終わった……のか?」
「ええ。でも、始まったのかもしれない」
その時、時計塔の鐘が遠くで鳴り響いた。
まるで、新たな夜明けを告げるように。
アルトは微笑み、影の消えた空を見上げた。
「なら、怪盗の出番はまだまだってことだな」
彼の言葉にファントムも静かに頷き、二人の影が闇の中へ溶けていった。
――物語は終わりではなく、新たな幕を開ける。