第二部 第90話 青き光、黒き影
青の光柱が天を裂き、クロノスの黒い霧を押し返していく。
その中心に立つアルトとファントムの姿は、まるで二つの星が並んで輝いているかのようだった。
「くだらぬ……!」
クロノスの声が響き渡る。霧は獣の形をとり、翼を広げ、牙を剥いて襲いかかる。
それは人の恐怖と絶望を喰らう「具現化された影」――過去に敗北した者たちの記憶を餌に、増殖し続けてきたもの。
アルトの心の奥底にも、その影は触れてくる。
――孤独、後悔、取り返せなかった時間。
だがルナの涙の輝きは、彼の心を侵す闇を拒絶する。
「俺は……もう囚われない!」
叫びと共に、彼の右手から青い刃のような光が溢れ出す。
ファントムもまた、黒い霧に包まれた瞬間、過去の幻に引きずられかけた。
失った仲間、裏切りの夜、血塗られた道。
けれど彼女は振り返らず、アルトの声を胸に刻む。
「記憶に縛られたままでは、未来は盗めない……」
ファントムの囁きと共に、彼女の双眸が蒼く輝き、ルナの涙の力と共鳴する。
二人の光が重なり合った瞬間、空間そのものが震えた。
青い結晶から解き放たれた映像は、契約を交わした異星の者の「最後の言葉」だった。
『この結晶は、秩序と混沌を均衡させるための鍵。
だがその力は二人でなければ扱えぬ。孤独は闇を生み、共鳴だけが未来を開く』
「……二人で、か」
アルトは息をのみ、隣に立つファントムを見る。
ファントムは微笑み、軽く肩をすくめる。
「どうやら、まだ私を振り払えないみたいね」
アルトは小さく笑い返す。
「怪盗は一人じゃない。そう思わせてくれたのは……あんただ」
言葉の交わりと同時に、光は最高潮に達し、黒い影を焼き払うように広がっていく。
クロノスの咆哮が空間にこだまし、黒い霧が次々と崩壊していった。
――だがその中心で、なお一つの核が残っていた。
青と黒が拮抗する最後の瞬間、空間全体が大きく軋み、崩れ落ちていく。
「アルト! ここで決めなきゃ、全てが消える!」
「わかってる!」
二人は同時に光を解き放ち、最後の影へと突き進んだ――。