第二部 第85話 黒の管理者
広間を覆う黒い霧は、まるで生き物のようにうねり、ルナの涙の青い光を押し返そうとしていた。
アルトは結晶を胸元に抱え、息を整える。
ファントムも冷静に視界を走らせ、敵の動きの隙を探す。
「管理者……奴の力、想像以上ね」
ファントムの声は低く、しかし確かな緊張が混じっていた。
黒い霧の中から、仮面の人物がゆっくりと姿を現す。
外套の裾から伸びる影が床を這い、まるで生き物の触手のように蠢いていた。
「我が名は――」仮面の声は広間全体に響き渡る。「――クロノス。時の秩序を守る者だ」
その名を聞き、アルトは一瞬たじろぐ。しかし、すぐに表情を引き締めた。
「……クロノスか。覚えておけ、俺たちは“選ばれた者”だ。ルナの涙を、誰にも渡さない」
ファントムは横で手を握りしめる。
「アルト……無理はしないで。あの結晶の力は制御できる者だけが扱える。無闇に闘えば、二人とも取り返しのつかないことに……」
だがアルトの瞳は決意に燃えていた。
「……大丈夫だ。俺たちには信念がある」
その瞬間、ルナの涙が強く光り、青い光の柱が天井に向かって伸びる。
その光に触れた黒い霧は裂け、クロノスの姿がさらに際立った。
「ほう……選ばれた者か。だが、その覚悟だけでは秩序を動かすには足りぬ」
アルトは片手で結晶を掲げ、もう片方の手で小型の盗賊用装置を握った。
「ならば、実力で示すしかないな」
ファントムもすぐに身を翻し、影の中から忍び寄る。
「私も一緒に行くわ。二人なら、力を合わせれば……!」
青と黒がぶつかり合い、広間の空気は震え、光と影の渦が生まれる。
ルナの涙は震えながらアルトの意志を映し出し、クロノスの黒き霧は世界の秩序を押し付けようと迫る。
その瞬間、アルトの耳にかすかな声が届いた――
「覚悟を決めろ。選ばれし者よ、力を解き放て」
アルトは深く息を吸い込み、ファントムの目を見る。
「……行くぞ、ファントム」
「ええ、アルト」
二人は同時に一歩前へ踏み出した。
青と黒の衝突が、ついに広間を震わせる。