第二部 第84話 記録の目覚め
ルナの涙が静かに震え、広間の中央に青き紋章が浮かび上がった。
それは古代文字とも星図ともつかぬ模様で、見る者の記憶そのものに語りかけてくる。
「……始まったか」
ファントムの低い声。
アルトは結晶を両手に抱きながら、強い共鳴に耐えていた。
頭の奥に直接響く声があった――それは人でも守護者でもない、遥かなる時代の残響。
――我らは契約する。
――人の子らよ、我らが記録を継承せよ。
――均衡を守る使命を果たす者に、青き涙は応える。
次の瞬間、アルトの視界は光に飲み込まれた。
星々の戦場、燃え尽きた文明の都市、そして契約の儀を交わす人類の祖先と異星の影。
それらが走馬灯のように流れ込み、胸を焼いた。
「っ……! これが……契約の記録……!」
ルナの涙はアルトを通じ、広間に幻影を投影する。
空中に浮かぶ像の中で、青い装束を纏った人影が剣を掲げ、異星の王と手を取り合う。
「この誓いを破れば、世界は再び虚空に呑まれるだろう……」
そう警告する声が、今もなお鮮明に響いていた。
アルトはその光景を見つめながら、強く拳を握る。
「……これは、ただの歴史じゃない。未来への警告だ」
ファントムも静かに頷いた。
「お前が選ばれたのは、偶然じゃない。怪盗アルト――いや、継承者よ。
この力をどう使うかで、世界の形が決まる」
その言葉と同時に、冷ややかな笑みが空気を切り裂いた。
広間の闇の奥に、人影が現れる。
黒い外套に身を包み、顔を仮面で覆った人物――その周囲には、先ほどの影よりも濃い、禍々しい気配が漂っていた。
「やはり……お前たちがここまで辿り着いたか」
仮面の人物が低く囁く。
「記録は渡してもらう。人類に均衡を託す? 愚かな話だ。均衡は、力で支配するものだ」
アルトは結晶を抱え、鋭く睨みつけた。
「……お前が黒幕か」
仮面の奥で、薄く笑い声が響いた。
「黒幕? 違うな。私は“管理者”だ。
契約の記録を我がものとし、未来を正しく“上書き”する者――」
ルナの涙が再び震え、光を放った。
それに呼応するように、仮面の人物の背後から黒い霧が広がり、広間を飲み込もうと迫る。
アルトとファントムは同時に構えた。
青の光と黒の闇が、ついに正面から激突しようとしていた――。