第二部 第81話 青き契約の試練
ルナの涙が放つ青光は、広間を満たし、闇を押し返すように波紋を広げていった。
だが、その光はただ優しいだけのものではなかった。
アルトとファントムの身体を貫き、心の奥底へと問いかけてくる。
――「選ばれし者よ。お前は“未来を守る”か、それとも“過去を縛る”か」――
アルトは思わず歯を食いしばった。
瞼の裏に映し出されたのは、師匠ファントムと過ごした日々。
盗みの技、言葉の妙、そして最後の別れ。
そのすべてが、彼の心を重く縛る。
「……俺に未来を守れって? 笑わせるな。
俺はいつだって、欲しいものを盗むだけだ」
声に出したが、胸の奥では小さな震えがあった。
一方のファントムもまた、試練に捕らわれていた。
彼の前に現れたのは――かつて裏切った仲間の影。
「お前は均衡を守ると言いながら、結局己の欲を優先した。
その結果が、この影だ」
幻影の声が、冷たく刺す。
ファントムは目を伏せ、マントを握りしめた。
「……俺は盗賊王などではない。ただ、過去から逃げた臆病者だ」
その告白に、アルトは振り返った。
「師匠……」
闇が広間を覆い尽くす。
選ばれなければ、二人とも呑み込まれる。
その時、ルナの涙がさらに強い輝きを放ち、二人の声を重ねさせるように問いかける。
――「答えよ。お前たちは、何を盗み、何を残す?」――
アルトは笑った。
「決まってる。俺は未来を盗む。過去は……師匠が残してくれたものだからな」
ファントムはゆっくりと頷いた。
「ならば私は、その過去を“誇り”として残そう。臆病者の影ごと、な」
二人の言葉が重なった瞬間、青光は炸裂した。
闇は一瞬にして霧散し、広間の壁に刻まれた文字が再び光を帯びる。
――「契約は更新された。均衡を守る者は、未来を継ぐ盗人と、影を越えた亡霊」――
ルナの涙は静かに宙に浮かび、アルトの掌に落ちてきた。
冷たいはずの結晶は、不思議な温もりを宿していた。
「……未来を盗む怪盗、か。悪くない肩書きだな」
アルトは笑い、懐に結晶を収める。
だが広間の奥から、低い轟音が響いた。
「契約が更新された……だが、それを狙う者はまだ終わらぬ」
影の奥に、再び蠢く気配。
それはこれまでの黒い影とは違う、“意志”を宿した敵の姿だった。
アルトは短く息を吐き、ナイフを構える。
「どうやら、まだ宴は続きそうだな」
ファントムは冷たい笑みを浮かべ、マントを翻した。
「盗人らしく、最後まで踊ろうじゃないか」
広間に再び戦いの幕が開こうとしていた――。