第二部 第80話 契約の残響
崩壊する影の迷宮を抜けたアルトとファントムは、眩しいほどの光の中へと投げ出された。
気づけばそこは、白亜の石造りの広間。
壁一面に刻まれているのは、読めないはずなのに理解できてしまう文字だった。
「……これが、“ルナの涙”に封じられた記録か」
ファントムの声が、低く響く。
その瞬間、壁の文字が光り、幻影が立ち上がる。
大昔の空――今よりも青く澄み切った大気を、無数の星舟が飛び交っていた。
人類と、異星の民。二つの種族が向かい合い、互いに結晶を掲げる。
幻影の声が、二人の耳に直接語りかけた。
――「これは契約の証。“ルナの涙”を継ぐ者よ、均衡を守る者となれ」――
アルトは目を細める。
「均衡……? 宇宙全体の、か?」
映像は続いた。
巨大な闇の存在――星を喰らう“虚空の花”の原初形態が映し出される。
人類と異星は、それを封じるために力を合わせた。
そしてその“鍵”として選ばれたのが、青き結晶《ルナの涙》だった。
ファントムは黙って映像を見つめていたが、やがて低く吐き捨てた。
「……つまり、この結晶はただの宝石でも、兵器でもない。
虚空を封じ、未来を繋ぐための“契約”そのものだ」
アルトは腕を組み、皮肉めいた笑みを浮かべる。
「財団も、影も……みんな欲しがるわけだ。未来そのものを盗める鍵だってことだろ」
だがその時、広間全体が震えた。
壁の文字が赤く滲み、幻影が歪む。
「契約を破る者あり……均衡は揺らぐ……」
声が途切れると同時に、床の下から黒い花弁が伸び上がってきた。
それはかつての迷宮で見た影とは違う、もっと荒々しく、原始的な闇。
ファントムはマントを翻し、アルトを庇うように前に出た。
「来るぞ。これは“虚空の花”そのものだ」
アルトはナイフを握り直し、にやりと笑う。
「じゃあ……契約違反の代償ってやつを、盗み返してやろうじゃないか」
闇と光が激突しようとする、その瞬間――
ルナの涙が、二人の間で淡い青光を放ち始めた。