第二部 第76話 選ばれざる選択
結晶〈ルナの涙〉が放つ青光は、嵐のように渦を巻き、塔の内部を時空ごと切り裂いていた。
崩壊する床、歪む壁。アルトとファントムは光の奔流に引き裂かれそうになりながら、結晶へと手を伸ばす。
「どちらかが選ばれ、どちらかが拒まれる……」
結晶の奥から響く声が、二人の胸に直接突き刺さる。
ファントムの掌が結晶に触れた瞬間、無数の幻影が彼を包み込んだ。
かつて救えなかった弟子たち、過ちによって崩れた街、そして冷酷な支配者として君臨する未来の自分。
「……これが、私の行き着く先か」
その瞳に痛みが走る。
一方、アルトが結晶に指先を触れた時、彼も幻影に飲み込まれる。
仲間を失い、孤独に彷徨う未来。光の下ではなく、永遠に影を生きる自分。
「チッ……未来ってのは、ずいぶんと窮屈にできてるな」
アルトは苦笑して、幻影を睨みつけた。
その時、結晶が二人の間で強く震え、声を放つ。
――お前たちの未来は、互いに相容れぬ。
――一人を選び、一人を拒む。
――それが契約の定め。
光が二つに裂かれ、アルトとファントムを引き離そうとする。
ファントムは苦悩の表情を浮かべた。
「アルト……このままでは、どちらかが消える……」
だが、アルトは不敵に笑った。
「消える? 冗談じゃない。俺たち盗賊に必要なのは、道を示されることじゃない。
――選択肢ごと、未来ごと、丸ごと盗み出すことだ!」
彼の声に共鳴するように、結晶の光が一瞬揺らぐ。
ファントムも静かに笑みを返した。
「……まったく、弟子らしい答えね」
二人の意志が重なった瞬間、ルナの涙は激しく脈打ち、定められた“選別”の仕組みそのものが崩れ始める。
光が割れ、契約の声が悲鳴のように響き渡った。
――規定外……二人の選択は、記録に存在しない……。
――秩序が崩壊する……!
塔全体が激しく震え、天井が崩落する中、結晶は最後の閃光を放ち、二人の胸へと深く刻み込まれた。
アルトとファントム。
二人は共に、“選ばれた者”でありながら、“定めを盗んだ者”となったのだった。