第二部 第72話 迫る影と囁き
部屋を満たしていた青い光が徐々に消え、アルトとファントムは互いに息を整えた。
だが、その静寂は長くは続かなかった。
壁の隙間、天井の梁、床の影――微細な黒が再び動き始める。
「……またか」アルトの声は低く、緊張が混じる。
影はゆっくりと形を取り、人間の姿に近づいてくる。だが、その輪郭は不定形で、何重にも折り重なった存在のようだ。
ファントムは眉をひそめ、慎重に観察した。
「これは……結晶の力だけじゃない。誰かが影を操作している。」
影の中心から、かすかな囁きが聞こえた。
「……ルナの涙……力を、返せ……」
アルトは結晶を握り直す。
「誰だ……!」
だが答えはなく、囁きは部屋の中を巡るだけだった。
ファントムは静かにアルトの肩に手を置く。
「冷静に。感情で動けば、影は増えるだけ。」
アルトは深呼吸し、心を一点に集中させた。
その瞬間、影は微かに怯むように動きを止め、囁きも小さくなった。
「ルナの涙……それは、ただの宝石じゃない。」ファントムの声は低く響く。
「未知の力と、選ばれし者だけに反応する結晶。操る者次第で、善にも悪にもなる。」
アルトは結晶を見つめながら、影に向かって問いかけた。
「お前は……何者だ? 何のために俺たちを試す?」
影は一瞬、光を反射するように青く輝き、そして消えた。
「……まだ、答えは出ない」ファントムはつぶやく。
「でも、この影の存在が示すのは……私たちが次の段階へ進まなければならないということ。」
アルトは結晶を胸に抱き、決意を新たにした。
「次が来るなら、俺たちは受けて立つ。どんな試練でも、必ず乗り越えてやる。」
部屋の中は再び静寂に包まれたが、外の世界では、見えない者たちの影が二人を見守り、次なる動きを待っていた――。