第二部 第66話 星の記録
封印の書庫は、静寂そのものだった。
石の棚に整然と並ぶのは書物ではなく、光を帯びた結晶の石板。
触れると低い振動音が響き、そこから言葉にもならぬ情報が流れ込んでくる。
アルトは《ルナの涙》を胸に掲げ、一枚の石板に手を伸ばした。
青白い光が瞬き、意識の奥に映像が流れ込む。
――漆黒の虚空を漂う巨大な船団。
――地球の遥か昔、星を渡り歩く「来訪者たち」が到来した。
――彼らは人類と出会い、互いに力を交わしあった。
「これが……契約の始まり……。」
アルトは無意識に呟いた。
映像はさらに続く。
来訪者は《ルナの涙》を贈り物として残した。
それは単なる結晶ではなく、「星々を繋ぎ、宇宙の均衡を維持する装置の一部」だった。
だが、記録の中に映し出されたのは、同時に破滅の光景でもあった。
人類と来訪者との間に生まれた不信。
契約を破り、力を奪おうとする者たち。
やがて、ひとつの文明が滅び、記録だけが封印されることになった。
「やはり……契約は一度、破られていたのか。」
ファントムが低く呟く。
その目は鋭いが、どこか寂しげだった。
アルトは結晶を握りしめる。
心臓の奥に、かすかに熱いものが共鳴している。
それは「選ばれし者」だけに伝わる意思だった。
――『次代の契約者よ。宇宙の秩序を修復せよ。』
突然、書庫全体が低く唸りを上げた。
石板が一斉に輝き、壁に刻まれた文字が蠢きだす。
それはまるで、生きているかのように。
「来たな……封印の守護者だ。」
ファントムがマントを翻す。
アルトは唇を結び、視線を前へ向けた。
光の奥に現れたのは、人影とも幻影ともつかぬ存在――かつて契約を破り、滅んだ「裏切り者」の幻影だった。
「これを乗り越えなければ、真実には辿りつけない……。」
アルトは息を呑み、結晶を握り直した。
二人の前に、過去の亡霊との戦いが幕を開けようとしていた。