第二部 第64話 契約の残響
砕け散った巨像の残骸が、夜空に吸い込まれるように消えていく。
残されたのは、掌に脈動する《ルナの涙》――蒼い結晶。
その光は、ただの鉱石の輝きではなかった。
アルトの視界に、突如として映像が広がる。
それは夢のようでいて、あまりに生々しい記録だった。
――遠い昔、まだ人類が夜空を畏れ、星を神と呼んでいた時代。
異星から来た「来訪者」が地球に降り立ち、人々に知識と技術を与えた。
だが、与えるだけではなく「契約」を課した。
『人類よ。お前たちは、この星を守り、秩序を保つ番人となれ。
代わりに我らは《涙》を授ける。これは星々の均衡を繋ぐ証。』
契約の光景を目にしたアルトは、息を呑んだ。
「これが……ルナの涙に刻まれた記録……。」
その中で、当時の人類の代表とされる人物が問いかけていた。
『もし、我らがこの契約を破ればどうなる?』
来訪者は静かに答えた。
『均衡は崩れ、星は沈む。だが――選ぶのは常にお前たちだ。』
映像は途切れ、現実に引き戻される。
結晶は静かに光りを落ち着かせ、アルトの手の中で重みを増した。
「……選択を委ねられてるってわけか。」
アルトは呟き、隣に立つファントムを見る。
「師匠、あんたは知ってたのか?」
ファントムは影の中で苦笑した。
「断片くらいはな。だが、ここまで鮮明に見たのは初めてだ。」
彼の視線は遠い空に向けられている。
「ルナの涙を巡って争った連中は、誰も『選択』を真正面から見ようとしなかった。
ただ力だけを欲しがったんだ。」
アルトは結晶を強く握り締める。
その瞬間、結晶が共鳴し、微かな声が胸の奥に響いた。
――「契約は終焉を告げる鐘にもなる。だが、新たな道を開く鍵にもなる。」
アルトは目を閉じ、深く息を吐いた。
「未来を盗む怪盗に託されたのは……契約の行方か。」
夜空に散った光の粒子が、まるで星座を描くように繋がっていく。
その中に、アルトは「次なる道標」を感じ取った。
「行こう、ファントム。まだ、見ていない“記録”がある。」
ファントムが頷く。
「相変わらず面倒ごとを盗んでくるな、お前は。」
だが、口調とは裏腹に、その目には楽しげな光が宿っていた。
こうして二人は――《契約の残響》を追い、新たな冒険へと足を踏み出す。