第二部 第60話 審判の声
裂けた夜空から響く声は、雷鳴のように大地を震わせた。
アルトの胸奥に宿る《ルナの涙》が応えるように脈動し、青白い光が彼の輪郭を縁取ってゆく。
「……次の審判、か。」
ファントムは低くつぶやいた。
その声音には苛立ちと、ほんのわずかな恐怖が混じっていた。
突如、廃墟の上空に光の裂け目が広がり、その奥から巨大な影が姿を現す。
それは人とも獣ともつかない異形――だが、瞳だけは澄んだ青に光り、アルトを真っ直ぐ見つめていた。
――“契約の継承者よ。我らは監視者。均衡を破りし存在を裁き、選ばれし者を試す。”
声は、アルトの心の奥へ直接響く。
ファントムは身構えたが、相手が今すぐ敵意を向けていないことを悟ると、ひとつ息を吐いた。
「アルト、お前を選んだってわけか。」
アルトは拳を握りしめる。
胸に残る光は熱を帯び、彼の鼓動と重なる。
「試すって……何を?」
監視者は答えた。
――“記録を盗み、未来を紡ぐ力。だがその意志が本物かどうか、確かめる必要がある。
試練は三つ。第一は記憶との対峙。第二は影の継承者との戦い。第三は……お前自身の選択。”
その瞬間、廃墟の景色が一変した。
瓦礫は霧に溶け、代わりに広がったのは――見覚えのある街並み。
アルトがまだ“少年”だった頃、初めて盗みに入った屋敷が目の前に現れていた。
「これは……!」
ファントムも息を呑む。
「どうやら、過去を舞台にするらしいな。」
空から降り注ぐ光が、アルトに問いを突き付ける。
――“第一の試練。己が記憶を直視せよ。過去を盗めなければ、未来を守る資格はない。”
屋敷の扉が軋みを上げて開く。
その奥から現れたのは、幼い日のアルト自身だった。
まだ臆病で、盗みに怯え、罪悪感に震える少年の姿。
少年アルトは涙を浮かべてつぶやいた。
「……どうして盗むんだ? 本当は怖いんだろ? 全部、嘘なんだろ……?」
アルトは息を呑み、胸を押さえた。
目の前に立つのは、自分が最も目を背けてきた“過去の自分”だったのだ。
ファントムが口を開く。
「アルト。ここから先は……俺でも手を出せない。」
アルトは深く息を吸い、少年の姿に歩み寄る。
心臓の鼓動とともに、《ルナの涙》が淡く輝きを増していった。
「――そうだな。
盗む理由は、ずっと自分でも分からなかった。
でも今なら答えられる。俺は……」
彼の声が響いた瞬間、少年アルトの瞳が光り、記憶の回廊が大きく揺れ始める。
試練は、まだ始まったばかりだった。