第二部 第58話 契約の海
扉を抜けた瞬間、アルトとファントムを包んだのは光でも闇でもなく、無数の星々が漂う“契約の海”だった。
上下の区別もなく、まるで意識そのものが宇宙に溶けていくような感覚。
「……ここは、世界の内側?」
ファントムが低くつぶやく。
遠くに見える星はただの光ではなかった。
それぞれが“文明の記憶”そのものだった。
滅びた都市、戦い続ける種族、まだ芽吹いたばかりの小さな命――すべてが記録として輝いている。
すると、前方に巨大な光の柱が現れた。
その中心には「ルナの涙」が浮かんでいる。だが、その輝きは以前よりも深く、まるで無数の声を宿しているかのようだった。
――“ようこそ、契約の継承者たちよ”
声は耳ではなく、直接心に響いた。
「ルナの涙」そのものが語っていた。
「お前が……契約の証か」
アルトが問いかける。
――“我は記録であり、使命であり、秩序を紡ぐ意志。その力はお前に委ねられる”
星々が一斉にきらめき、アルトの胸に流れ込んでくる。
過去の戦争、異星との盟約、そして幾度となく繰り返された“均衡の崩壊”。
「均衡を……守れというのか?」
アルトの声は震えていた。
――“そう。だが選ぶのはお前だ。
均衡を維持するために力を振るうか。
それとも、すべてを壊して新たな秩序を築くか。”
ファントムが横顔を見つめる。
彼女の瞳には、不安と、しかしわずかな期待も宿っていた。
アルトは拳を握りしめる。
「俺は……逃げない。だが、世界を縛るためにこの力を使うつもりもない。」
静寂の中で、ルナの涙の輝きが揺れた。
「俺は……“守る”ために使う。この力で、人々の未来をつなぐんだ!」
その瞬間、結晶は強烈な光を放ち、アルトの胸に溶け込んだ。
身体が震え、無限の声と力が重なり合う。
――“選択はなされた。継承は果たされた。アルト、汝こそ『均衡の継承者』”
ファントムは息を呑み、そっと呟いた。
「……本当に、お前が選ばれたんだな。」
契約の海が揺れ、星々が次々と光の流星となって崩れ落ちていく。
二人の足元に再び扉が現れ、現実へと帰還する道が示された。
アルトはその扉を見据えた。
「行こう、ファントム。まだ終わっていない。俺たちの戦いは、ここからだ。」
二人は光に包まれ、再び現実世界へと還っていった。