第二部 第57話 虚無の鏡像
剣と剣がぶつかり、乾いた音が遺跡の奥に響き渡った。
虚無の鏡像はアルトと同じ動きをし、同じ力で剣を振るう。だが、その瞳には何の光も宿っていない。
そこにあったのは、ただ“否定”だけだった。
「……お前は俺じゃない。お前は“恐れ”の化身だ」
アルトは息を荒げながら叫んだ。
鏡像は無言のまま、剣を横薙ぎに振り抜く。
刃の重みは本物のアルト以上で、受け止める度に腕が痺れる。
ファントムが背後から支援に入ろうとしたその瞬間、鏡像は振り向きもせず影の刃を伸ばし、彼女を遠ざけた。
「……っ! 私じゃ干渉できない?」
ファントムは驚愕の声を上げる。
扉の声が重く響いた。
――“この戦いは己自身とのもの。他者は触れること叶わぬ”
アルトは理解した。
これは自分一人で決着をつけなければならない。
鏡像の刃が、アルトの胸を掠めた。
痛みが走り、血が滴る。
その痛みと同時に、心の奥に押し込めてきた感情があふれ出した。
後悔――。
罪悪感――。
「俺が……守れなかった命……」
仲間を失った記憶、救えなかった人々の影。
それらが鏡像の姿となって目の前に現れている。
アルトは膝をつきかけた。だが、ファントムの声が彼を呼び止める。
「アルト! 恐れるな。お前が背負ってきたのは、弱さじゃない!」
「……!」
アルトは顔を上げる。
「そうか……お前は、俺が拒絶してきた“痛み”そのものなんだな。」
彼は剣を下ろし、鏡像へと歩み寄った。
鏡像が再び刃を振り下ろす――だがアルトはそれを受け止めず、真正面からその胸を抱きしめた。
闇の中で、静かな共鳴音が響いた。
虚無の鏡像は抵抗することなく震え、やがて光に包まれていく。
――“己を受け入れた。契約は果たされた。”
扉の紋様が一斉に輝き、巨大な石扉が開き始めた。
その向こうからは、星々の海のような無限の光景が広がっていた。
アルトは息を整え、結晶を掲げながら言った。
「……行こう、ファントム。ここからが本当の始まりだ。」
ファントムは小さく笑い、彼の隣に立った。
二人の前に、ついに“契約の先”が現れようとしていた。