第二部 第56話 契約の試練
扉の前に立ったアルトとファントム。
その石造りの表面に刻まれた紋様は淡く青白く輝き、まるで二人の存在を測るかのように脈動していた。
「……開くには、ルナの涙だけじゃ足りない」
ファントムが静かに呟いた。
「必要なのは“選択”。扉は、持ち主の心を試すの」
アルトは結晶を掲げると、扉が低く響く声を放った。
それは人の言葉ではなく、直接心に訴えかけてくるものだった。
――“契約を果たす者よ。お前は何を望むか”
空気が震え、周囲の時が止まったように静まり返る。
アルトは一瞬、言葉を失った。望み……?
脳裏をよぎるのは数々の光景。
仲間を守りたいと願った日々。
ファントムと剣を交え、信じ合うまでの軌跡。
そして、深淵から伸びてくる影の脅威。
「……俺は」
アルトは拳を握りしめた。
「力じゃない。支配でもない。俺が望むのは、皆が生きられる未来だ」
すると、青白い光が彼を包み、結晶が脈動した。
だが同時に、扉から黒い影が噴き出すように溢れ出した。
「っ……試練か!」
ファントムが剣を構え、アルトの隣に立つ。
影は形を変え、やがて“アルト自身”の姿となって現れた。
それは虚ろな眼をしたもう一人のアルト――“虚無の鏡像”だった。
「これは……俺自身?」
扉の声が再び響く。
――“己を超えよ。己を受け入れよ。それなくして契約は果たされぬ”
アルトは息を呑み、ファントムと目を交わした。
彼女は何も言わず頷き、背中を預けるように立ち位置を変える。
「わかった……逃げない」
アルトは結晶を握りしめ、虚無の鏡像へと歩みを進めた。
影の剣が振り下ろされ、火花が散る。
光と闇、二つのアルトの衝突が、扉の前で始まった。