第二部 第55話 虚無を裂く光
青白い光に包まれた回廊の中で、アルトとファントムの足取りは確かだった。
だが、彼らの前方に広がる空間は突如として揺らぎ、歪んだ影がせり上がるように現れた。
「……またか」アルトは低く息を吐いた。
黒い影――虚無から滲み出した存在。輪郭は人の形を模しているが、目も口もなく、ただ空間そのものを喰らうように蠢いている。
ファントムが結晶を握ると、光の波が二人を中心に広がった。
「奴らは“契約”を乱す残滓。ルナの涙が共鳴しているのは、その証拠よ」
影は無数に生まれ、壁や天井を伝いながら襲いかかる。
アルトは結晶を胸にかざし、心の奥で強く念じた。
その瞬間、光の刃が彼の腕から放たれ、影の一体を一閃で消し去った。
「……思ったより、制御できてるな」
アルトの呟きに、ファントムはわずかに笑みを浮かべる。
「いいえ、あなたの意志が強いから。結晶はそれに応じてるだけ」
しかし影は止まらない。数が減るどころか、虚無の裂け目から次々と湧き出していた。
アルトは額に汗を滲ませながらも、結晶の輝きをさらに高める。
「このままじゃ埒が明かない……ファントム、同調を!」
彼女は即座に理解し、アルトの手に自分の手を重ねた。
二人の心臓の鼓動が重なり、ルナの涙は激しく脈動する。
――ドン、と空気が震えた。
回廊全体が白銀の光に包まれ、影たちは次々と弾け飛ぶように消えていった。
虚無に裂け目が生じ、黒の空洞がゆっくりと閉じていく。
静寂が訪れると、二人は肩で息をしながら互いを見た。
「……今のは、危なかったな」アルトが言うと、
ファントムは小さく首を振った。「危険はこれからよ。虚無はただの“前触れ”に過ぎない」
アルトは拳を握りしめ、青白い光を見つめた。
「なら、進むしかない。あの扉の先に、全ての答えがある」
二人は回廊の最奥にそびえる巨大な扉へと歩みを進める。
その表面には、古代の紋様とともに、見覚えのある文言が刻まれていた。
――“契約の証を掲げし者よ、選択の時は近い”
アルトは無言のまま、ルナの涙を強く握りしめた。