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楽しいこと以外全部ウソの叙事詩   作者: ばんだな
第4章 アメイジング シュミレーションのために
47/64

アメイジング シュミレーション#10 アカシックレコード:地球紀レムリア人編/後期(月分離後)

#47


聖書に蛇と書かれている存在はルシファー。

進化から自ら逸脱したかつての天使にして堕天使である。

聖書でアダムとイブが禁断の木の実を食べて、楽園を追放されたと記されている事件はルシファーという霊的存在が人間に新しい意識をもたらしたことを意味している。

楽園追放は人間の意識が神の領域から地上の領域に移行した、ということだ。

楽園の人間は夢想的な状態にあり、はっきりした自意識を持つことはなかった。

それをルシファーは強引に人間を神から自立させ、固体的な意識を獲得させた。

そうして、「人間は善悪を知る者となった」と聖書は記している。


○『失楽園』ミルトン

「天国の王を廃するためであれ

 我々の失った固有の権利を回復するためであれ

 戦いが最善の策であれば

 我々は戦うべきだと考える」


ルシファーの神への離反への意志が思考として現れたのが人間の脳である。

それによって人間は男女両性への分離が成される。

それまでの人間は誰でも自己受胎が可能だった。

その自家受精のために用いていた力は思考器官形成の力と同じ力だった。

ルシファーはその力の一部を下半身から上半身へと奪い去ることによって、生殖のために用いていた力を頭脳形成のために使用することが可能なように人間を作り替えた。

それによって人間の身体には上半身と下半身で別々の神が働きかけることとなる。

そんな天変地異にも似た思考の働きかけによって、人間は両の脚で立ち上がり直立をするようになっていった。

もちろんその変更体系についてを当時の人間は知るべくもない。

人間たちが立ち上がっていく様は現代で新しいお札が少しずつ世の中に浸透するのと同じような広まり方で世界を創造する役割を担って出現してきた人間の在り方が二つの神の戦場の模像となっていく。

その上と下で引っ張り合い、反発し合うような思考体系はやがて地上に新しく生まれようとする魂のための身体を提供する、という生殖の形態を成していく。

地球の重力と同じ仕様である。

生殖とは新しい魂のための(肉体=重力)を用意するということ。

それは人間の直立的な肉体で重力を受け止めるということ。


そのことから人間の魂に死の概念が生まれた。


かつては次々と自ら服を着替えながら脱皮するように人間の意識は地上に生まれ続けることができていたことから“死が存在しなかった”のに、雌雄分離を促した脳の形成によって、レムリアの人間は死んでから再び受肉するまでの間、一定の期間が必要とされるようになるという死後の世界の経験と概念が発生する。

月の分離が行われたのちのレムリア人たちは輪廻を経験するようになる。

人間は終わりという概念があることを思考とするようになった。

つまり、生殖とは頭脳を形成し、頭脳で思考を行い始めたことと同じことなのだ。

これを魂への干渉という。


ルシファーはこうして頭脳を持った存在に対して理解できる言葉で語りかけた。


しかしまだ、レムリアの時代に言語は存在しなかった。

言葉がない、というのは記憶力の概念がまだ整っていなかったことからレムリア人には形成されていなかった。

人間の赤ちゃんと同じで生まれた当初の記憶がないのも言語力がまだ伴っていないことと関連して、レムリアの人間たちにも言葉はなかったが、喜びや苦痛を表現する声を発することはできた。

彼らは言葉がなくても他の人々と意思の疎通を計る事ができ、それは一種の読唇術であるかのように見えるが、実際は植物の生長力や動物の生活力からといった自然環境からの働きかけと結びつくことで、あらゆる対象物からの表象が流れ込んでくるのを本能的に操ることで彼らは彼らの生活を成り立たせていた。

例えば、彼らが家を建てるとき、石材を見ればどこに置けて、置けないかを知ることができ、建築技術なしでも一種の本能の確かさから表象の力だけで家を建てた。

途方もなく重たいもの物も「意志の力」を発揮するだけで持ち上げられた。

表象の力を伴った自然音声を発するだけで対象の環境に思い通りに働きかけることができた。

ちなみに彼らは住宅という概念をレムリア時代の晩年まで持たなかった。

その晩年に利用した建築物も人工物というより、自然の丘や岩の洞窟、植物のウロに手を加え好ましい形態に変えることで住居にする喜びや楽しみを彼らは味わっていた。


レムリア人は意志で環境に働きかけることのできる魔術師だったのだ。


彼らは生まれながらにして魔術師の素質と奥義を授かっていた。

そのことからレムリア人は特に意志と表象力の育成を通じた子供の教育に努めた。

努めたといっても、そういった思考は当時すでに現代人のような対象を明晰な思考で関わることのできたルシファーがアストラル存在として、彼らレムリア人のまだ記憶力を有さない曖昧で夢想的な意識に働きかけることでそれを本能かのように支配してのことだった。

ルシファーの働きかけによってレムリア人の夢想と空想への傾向が強まる。

記憶力がまだ存在しなかったことから、その想像や夢想の表象が対応する外的な情景が存在する間だけ外的な現実は持続していたことから、彼らの曖昧で蒙昧な意識が現実から遊離して妄想に陥ることはなかった。

むしろ、ルシファーの働きかけによって彼らの心情に植え付けられた自然そのものの想像力であり、夢想力はレムリア人たちの心の堕落を防ぐ役割を果たしていた。

レムリア人の記憶力がまだなかったのは、彼らの人体がまだ非常に柔軟で変化しやすく、その内面の変化に応じて人体がそれを直接表現するといった適応を行う傾向が強かったためだ。


肉体が柔軟な魂に適応していた、という意味だ。


アストラル体は肉体よりも二段階上位に超えた先にある霊体であるからだ。

まだ自分の頭で考えるための自我がないことからアストラル体の衝動が肉体に対して支配的となる。

自分の土台となる人体の形成が魂の在り方に適応しすぎることで、肉体の凝縮が不十分であることに応じて自らの生命力を思考する、つまり記憶する力もまた不十分だったのだ。

その思考の多くは生殖のための機能にほとんどが用いられていたからだ。

人間に性別が現れたのは月が生殖力の半分を持っていったことに由来している。

月へと向かうはずの生殖の力の一部は思考の根源である霊の力と結びつき、のちに人間を思考する存在にした器官が体内に作られるその最初の工程として、人間の生殖力は頭脳を形成する力へと振り分けられる。

思考は人体の単性化という代償を払うことで獲得されていった。

人間の思考は自らの生殖能力である生産的な力の一部を内部に振り分けることによって思考する存在になることができた。

霊であるその思考とは人間の人体内という内側において男と女の混合が果たされることでより完全なものとなったのである。


人間の魂には予め男性には男性の、女性には女性の魂があった。


月が分離する以前からである。

人間の魂には偏りがあり、そこに霊が異性的に魂に働きかけることによって補正されることで両性的な調和と全体性の統合が得られることで人間は両性具有的な状態を地球において形成していた。

両性具有とはある種の霊の受胎だった。

例えば男性の身体には女性の魂がある。

霊(思考能力)はその女性の魂に男性的に働きかける。

一方で女性の身体には男性の魂がある。

(自我)はその男性の魂に女性的に働きかける。

両性具有は霊によって受胎した魂が肉体化した完全なる神の顕現状態とも言えた、と言っても神々の操り人形しての完全さではあるが・・・

そして、月が地球から分離することによってそれまで外面に存在していた両性具有が人間の内面に取り込まれることによって、人間の魂は人体の内面にて霊の受胎が行われたことから、私たち人間の内側の内なる高次霊的存在の部分にとっては男と女の区別は無関係となっている。

それをプラトンに言わせると「男女ともに人間は霊的に妊娠している」となる。

魂とは本来男性的であると同時に女性的でもあるからである。

幼児たちの振る舞いを見ていればそれはよく現れていることなはずだ。

幼い子供たちは人間の魂の生前の霊界での名残りを教えているのだ。


その霊的な妊娠で人間のアストラル体に受肉したのがルシファーである。


ルシファーはレムリア人の魂の中でその本能にも似た思考を声にし、男には男の、女には女のための思考の教育をレムリア人の魂に対して行っていく。

少年はできる限り力強い存在になるよう鍛え上げた。

危険を克服し、苦痛に耐え、大胆に行動できるように修行した。

拷問に耐えられない者、恐怖を克服できない者は仲間と看做さないことから、その果てに死に行くこともまた少年から男性となるための運命とされた。

そうすることで男性の魂は意志と同質のものとなっていく。

レムリアの成人となった男たちは自然の力に心を向け、その行使に努力することで外へと向けられた意志力の発露に熱中し、その作用は大自然の威力を支配するものとして獲得されていった。

また少女は美の概念を平静に感受するファンタジーを育んだ。

例えば嵐の中に一人置き去りにすることで荒天の示す美を静かに感じ取らせたり、男同士の決闘及び死闘を目の当たりにしても不安に陥ることなくひたすら目に映るものの中から強さと力の感情だけを心に印象付ける、といった自然の力の意味を解釈する態度を身に付けさせた。

そうすることで女性の魂は表象と同質のものとなっていく。


こうしてルシファーがレムリア人に目指したのは意志と表象力の育成にあった。


その育成の達成は女たちの中から現れた。

女たちは自然の力を体験し、その体験を心に受け止めた。

女たちは自然の声に耳を傾ける。

草の生長、風のそよぎ、雲のありよう、鉱物の造形や動物の声にまで思慮深く心を巡らすことで、自然の中に宿る魂が語る言葉を聞こうとした。

宇宙の母音である。

赤ちゃんの発する言葉になる前の声や苦痛を伴った際の呻き声や動物の発する鳴き声等の子音を含まない空間を漂っている意味を持たない音の本質は母音である。

それは霊界に居するものの魂の表象的な思考の表現であることを思い出して欲しい(※#22 )。

女たちはそれらの自然言語を発することでその響きで共鳴する音声を知覚するようになることで、彼女たちの心の中で生きるものを語ることができるようになった。

その言葉の萌芽は少しずつ心に留まることでやがて記憶力の萌芽ともなっていく。

一方で意志の力の育成に努めていた男たちには女たちのような自然の力を表象したものの中に声を聞き、その意味に身を委ねることで自然に対して思慮深くなるような傾向は与えられなかった。

むしろ、男たちは本能的に自然に従うか、自然の神々と交際を許された者の影響に服することで、彼らの持つ魔術とは異なる意志の具現化によるある種の霊能力への感情が制御されていた。


やがて、女たちはその表象の中に道徳観念が生じていく。


女たちは過去において有用だったものは現在も有用であり、未来であっても有用であろうと知ることのできた記憶力の芽生えから「善と悪」の観念の起源である道徳観念を見出すようになる。

それが遠い将来にて社会の基盤となるのはまたずっと先のことではあるが、ルシファーは女たちが生活の中から生じさせた「善と悪」の概念は自然をよく観察することでの人間の働きと育成の指針とした。

レムリアの女性たちは自分たちの心に開示される声を「歌」にし始める。

彼女たちにその声の意味はまだ理解することができない。

ただ、ある種の霊夢の中で確かに感じられる本能的な感覚は女たちの行動の動機としては信頼に値する魂からの直感により、自然が語りかけてくるその内なる声にリズムをつけた想念の力を原初の音声である「歌」へと変換する者が現れる。

自然の内なるリズムが賢い女たちの唇から流れ出るその音声は美しかった。

巨大な樹木や自然石を植物で整えられた椅子に座した恍惚とした女がこの世のものとは思えない音声で歌を歌うことで、それを聴く者たちはその響きが女たちの存在以上の高次の力によるものであることを本能的に吸い込む。


人間の神への礼拝がこうして始まった。


女祭祀の音声である「歌」を通じてリズミカルに踊り、男女の群れが円形を成して座り、夢を見る表情で女祭祀の歌声から内的な生命を吸い込むことで、自然の秘密とも言える自然内部を支配する諸力と一つとなる自分をそれぞれに感じていた。

感じていた、と言ってもそれらの感慨は人間の“隠された魂の力”と言えるルシファー及び自然を司っている神霊たちが支配している力の開示に過ぎないことから、礼拝を日常とし始めたレムリア人たちの振る舞いはほとんど夢遊病的と呼んでも差し支えない意識状態であったと思って構わない。


そんな彼らはその集まりをベースとした居住地を構えるようになる。


女祭祀に集うようになった彼らは初めて人工的な建造物の設立に着手する。

それまでも人工的な居住地は自然の中で利用されてきたが、レムリア時代の最初の建造物は神から与えられた叡智の芸術であるとされ、宇宙霊からの贈り物であるその建物は宇宙霊への畏怖の念である権威に満ちた神聖な宗教施設が彼らの秘儀参入の奥義伝達とその開花のために建造されたと考えられる。

生まれながらにして魔術師だったその素養を特に認められた、厳しい鍛錬と苦役の全てに耐え抜いた者だけが自然の諸力を人間の意志力に転化する術を授けられる、いわば宇宙の法則とその応用を学べる大学とも呼べる代物だった。

それらの継承行為はレムリア人の本能によって行われる。

アリが巣を作ったり、ビーバーがダムを作ったり、モグラが穴を掘るのと同じような感じの本能ではあるのだが、明確に同じでないのはその本能のスケールが現代のものと引けを取らない水準の建築と造形の達成が果たされている、という点において他の動物の本能とまるで違っていた。

もちろん機械や金属は使わない。

その素材のほとんどは鉱物と植物を念動力(自然への意志力)で加工したものを用いた。

彼らの本能は思索と計算と知識と想像力の知性が駆使されることによって生み出されている現代の科学と芸術の粋とも言える建築水準に決して劣らないテクノロジーを論理による思考ではなく、生殖や睡眠と同じ類の無意識にやってくる固有の思考を無感覚にも似た何となくの感じで、私たちが施設と呼ぶような立派なものをレムリアの大自然の中に建造した。


それらの指導者たちは夢想の中の支配者と同じ高貴な立ち姿をしていた。


月分離前の時代にはレムリア人の他に人間の領域を超える超人たちがいた。

超人とは本来霊界の住人であるはずの霊人である権天使(天位階七位)のことである。

彼らが両性具有存在として地球創造の器となって人間の肉体を支配していた。

人間ではない彼らは薄明の中に囚われている若き人類を支配する“太古の叡智”の担い手として、レムリア異人の魂である意識に日光のように照らす存在として、人間の魂への完全なる「愛」を注いでいた。

天位階の超人たちの魂は人間が魂を受信するのに必要な肉体器官(脳)がない両性具有体にも関わらず霊による単独での受胎が可能であり、その位階の権能によって地上での認識と叡智を完璧なる人格的な見解ですでに行なっていた。


その「愛」とは“外に向けて働く愛”として地球を創造していくこと。


超人間存在による「愛」とは地球環境の創造を使命として、彼ら人格の神霊の本質は霊界からの伝達事項として若き人類であるレムリア人の魂の性生活に規則を与えようとしていた。

そのことから予め性別を有していた魂達の性愛は元々超人間的存在たちからの精神感応によって人間の中に植え付けられていて、その本質は高貴で神聖な衝動として“人間の外へと向かう愛”を感覚的な人格という性質への思考として魂の感覚に随伴されていくこととなる。

また人格の神霊でもある彼らはすでに快と不快、苦痛と恐怖といった魂の感覚体の領域である地球のアストラル界を経由(廻り道)することなく、魂の世界をはるかに超越した霊的な領域を自我という自らの中心点に据えた思考の認識を地球の人間存在に向けていた。


その叡智が両性具有人間として現れていた。


超人間的存在は遥か以前の段階で霊的な魂の開発の遂行を達成していることから、霊との関わりである、つまり自らが霊人となってその他の神霊と結びつくための叡智である人格を獲得しているため、もはや自分の中心点である(自我)の顕現に肉体的器官を必要としていなかった。

ただ、権天使にとっての肉体は私たちにとっての自我である。

自我とは人格の神霊にとっての手足であり分霊なのである。

いわば私たちが人格と呼んでいるものは人格の神霊からの借り物。

その借り物を中心点としている私たち人間自我の最低構造体が鉱物としての肉体が受肉体であるように、人格の神霊である権天使の最低構造体は地球紀の人間の自我が肉体であることからそれらが手足のような感覚を有していると考えていい。


いわゆる神道でいうワケミタマのことである。


彼ら超人たちの思考である叡智がレムリア人たちの魂に当時芽生えつつあった聴覚と触覚の中で把握される。

その夢想的な感覚の中で自然の深淵なる透徹した秘密に絶えず触れるさえも曖昧だが、無意識の夢想と微睡ながらもその超人たちの認識と叡智はレムリア人の魂に直観力として啓示されていた。

レムリア人の魂はその霊的存在の知覚に恐怖し、畏怖しながらも醜悪な存在であるとはせず、それらの啓示がはっきりとした目的意識のあるものであることを理解し、“快と不快を感じることなく”超人たちの示す霊界からの司令と指導の啓示に帰依していた。

その帰依による心と行為がレムリア人の本能を規定していたことで、彼らの意志は魔術的となり、それらが無意識の夢想と思われていた世界観がいつの間にか自らが宇宙を見上げる地上の人間存在となっていた。


この人間の魂の物質世界への下降のことを原罪及び堕罪という。


この地上に降りた人間の魂の光となったのがルシファーだった。

月の分離によって人間に脳が形成され、肉体が直立し、性別が発生し、肉体の思考が上半身と下半身に分かれ、人間の感覚は内へと向かうように努力するようになったレムリア人の魂に超人間的存在は影響ができなくなった。

彼ら神霊存在は地球の人間のような内的器官である脳がないので、頭脳存在が理解できるような言語で語りかけることもできないことから、レムリア人たちは超人間的存在のことを理解できなくなっていった。

頭脳には感覚印象を表象に変える能力があり、人間の魂の内なる形象が外的事象の模像や表象像に変化した時、超人間的存在も想定していない未知な経験が起こったのである。

そのトリガーとなったのが“感覚的な官能的な愛”への快楽衝動なのである。

神聖な認識である叡智への「愛」ではなく、魂の随伴現象である肉体的快楽と結びついた、性欲を満たすことの利己的衝動による生殖活動と人類を存続させる子孫繁栄が地上の人間を進化させるための礎の力となっていった。


だから人間は“官能的な(欲望)”と“神聖な認識(叡智)”の間で苦しむこととなる。


外界からの印象は霊的啓示の証であり、その証は霊から得ていたことの鏡像であるはずのものが夢想ではなく、魂の生み出す像は外なる感覚世界の模像となっていく。

月分離以前にレムリアの人間は超人間的存在に植え付けられた生殖能力のままでは、魂の衝動は外的形姿を生み出すために夢幻的な魂の営みの中で働いているだけで、外界の認識へは知性が向くはずがなかった。

なぜなら、地上の肉体に降りてまで人間に関わる意志も「原罪」も必要性もなく、外に向けられた「愛」の結晶体への力でのみ影響し、地上の自然環境及び生物の進化に働きかけることができていたからだ。

私たち人間は元々は地上の廻り道することなく叡智への欲求を満たすことのできる領域に属し、約束された進化への道を疑わない、霊魂そのものとしての運命を生命とした意志の寵児として根源叡智に与えられた存在意義の役割を果たす。

ただそのためだけに活動する夢幻の薄明に囚われた本能のみの人間となる。


その道から逸脱したのが私たち地球の人間なのである。


ルシファーは人格の神霊の一つ下の位階から言語で語りかけていた。

大天使の位階である。

その最低構造体が人間のアストラル体なのである。

これは人間の力(分離と下降の力)を借りつつ進化の過程を下向きにしていることによる。

そのため頭脳を持った存在に人間を作り替えるまで月の内部で活動を続けていた。

ルシファーは人間の“天界での原罪と堕落”を愛した。

そして、魂の空間を直接霊的な形象で満たすことのできる脳の感覚的浸透力は人間を本能だけではなく、自らの外部を内側である頭脳で理解するための力とした認識で、地上の叡智を(芸術、技術、学者)内なる完全性の証として自由に表現することを覚えていく。

そういった自由意志を発揮できるのは全て神々からの自由を提供してくれたルシファーのおかげなのである。

ルシファーによる意志は人間を根源の神々から自立させ、個体的な意識を獲得させることで、人間に地上での自由を謳歌するために“自分で自分のことを考える”知性そのもの。

現代の人類が地上の頂点たる叡智を有しているのは太古の時代において、ルシファーが叡智を鼓舞した指導的な教師のような活動によって人間は「善と悪」の概念という果実を知る者となり、ルシファーの精神であるその意志は人間の魂に自由意志という希望の光へと至っていく。


こうしてルシファーは「光をもたらす者」と呼ばれるようになったのである。

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