メニューオブ『ミストルト』 オーダー#7 ホログラミックシンギュラリティ
#37
ホログラフィック宇宙論はイベントホライズンと呼ばれるブラックホールの事象の地平線及び宇宙の地平線に格納された二次元情報が三次元化したものが宇宙空間を投影している、という量子力学の量子もつれを宇宙的に考慮した世界観のことだ。
それをホログラムである、としたのがファン・マルダセナのAds/CFT対応である。
Ads/CFT対応とは、重力を含む空間が一つ次元を下げた重力を含まない空間に対応する、という意味で三次元が二次元の表面から生まれている可能性を表した物理学の公式で高エネルギー物理学の分野で最も多く引用されている論文となっている。
マルダセナはアルゼンチン生まれの理論物理学者で彼が考案した半ド・ジッター時空間(Ads)と共形場理論(CFT)にある種の双対性があるという新しい概念は現在の十一あるとされる次元理論を構造化するのに非常に重要な予想方程式であるとされている。
この重力と大統一理論とを結ぶAds/CFT対応の数式は事象の地平線と宇宙の地平線である無限遠点とが十一の次元を幾何学的に展開すると同時にそれらが一つの次元の一つの宇宙として出現、あるいは出現させている力のあり方にまで言及できる可能性を示している。
イベントホライズンは時空間の境界線とされていて、時間方向に無限の未来まで行っても見えない時空の閉じた領域を囲うようにしてブラックホールとなり、裸の特異点を隠している。
このイベントホライズンは未来方向に終点を持たない光の世界線が幾重にも重なり、ブラックホールの表面となることで、始まりもなければ終わりもない、生まれることもなければ死ぬということもない、有限でもなければ無限でもない、それぞれの次元的な要素が光となって折り畳まれることでまるでミルフィーユや崖の断層のように階層化された宇宙が重力を持たない次元の情報として格納されている。
その次元情報である宇宙の階層にスポットライトを当てている存在がいる。
それが人間だ。
そして、そのスポットライトがホログラムとなって人間本性を隠している。
ここでいうホログラムとは空間の像そのもののことだ。
空間とは全てスポットライトを反射した像である、ということだ。
スポットライトの光そのものが人間の魂であるとしたら、人間の鋳型となっているホログラムが宇宙と地球と私たち生物の生命体にあたり、私たちが普段から当たり前に目にしている肉体という物質体はそれらの像であり、その像の生命力はホログラムとして裸の特異点の境界である事象の地平線と同じ役割を担っているのが人間の身体なのである。
生物の肉体及び物質の総体の境界は内と外となって太陽光を通さない。
それは同時に人体内の裸の特異点を照らす霊的な光も覆い隠している。
人間の目や皮膚、その他五感による知覚とは事象の地平線と同様に外側は時間の流れと光や熱の運動と共にあるが、その内側の現象は液体の流動である血液の脈拍による熱とその状態を知らせる痛みでしか認識することができないし、時間の流れも腹時計といったもの以外ではあってないようなものだ。
その関係は物理学で考えられている物質の構造と相似の関係にある。
物質の質量を詰めているはずの電子と素粒子の関係と同じなのだ。
物質の質量は電子と原子核の素粒子の総量だと1%にも満たない。
しかも電子も原子核も素粒子も見ることは叶わない。
質量を与えているとされるヒックス粒子は素粒子への働きかけを役割としている。
重力は質量に働きかけていることから質量そのものではない。
では、この99%の質量が何かというと、エネルギーだ。
私たちの宇宙は、重力、電磁気力、弱い力、強い力の四つの力と呼ばれるエネルギーによって構造化されている、という見解が現代物理学では定説となっている。
その中の“強い力”が質量の99%の正体なのだ。
強い力とは原子核内の中性子と陽子を結びつけることで原子を原子として安定させているエネルギーで、この結びつきの力が膨大であることは原子力による電力供給やその爆発力である崩壊と消滅の具合を鑑みるとわかりやすい。
また“弱い力”は原子核と電子とを結びつける力でイオン化作用がその顕在だ。
“電磁気力“は強い力と弱い力の結びつきを通じた元素反応による電気的なエネルギーで私たちが知覚することのできる熱現象の背後で物質的表現の放出を担っている力、磁場や電場のような空間的エネルギーのことだ。
最後の四つ目の重力は現代科学の公式見解では他の三つのミクロ的なエネルギーとの統一的な結びつきのための理論を獲得することができていない。
電磁気力、強い力、弱い力の素粒子はすでに見つかっているが、グラビトンと呼ばれる重力子はまだ見つかっていないからだ。
磁力にも負ける弱すぎる重力と天体を周回させたり、ブラックホールのような測定不能な超大規模な作用との辻褄や電磁気力との関係性のわからなさ加減が計算上の宇宙の質量にダークマターやダークエネルギーといった“謎“を代名詞とした代替え的な現象が95%であると想定させている。
このように重力はミクロが現象化しているエネルギー現象と相性が悪い。
そこでそれら相性問題を解消させる理論がちゃんと存在している。
それを『エントロピック重力理論』という。
この理論を提唱したエリック・ヴァーリンデ氏はアインシュタイン博士による一般相対性理論が予測した重力レンズ効果が生じさせた大きすぎる重力範囲とその現象にかかるエネルギーの矛盾点を解消させた。
従来では重力レンズに関する方程式ではダークマターという観測はできないけど、しかし確かに存在しているであろう仮説上というよりむしろ架空にも近い数値を計算式に取り入れて観測の結果と辻褄を合わせていた。
それをヴァーリンデ氏は「重力とは単独の現象及び単独のエネルギーを持つ独立した現象ではない」という論文の研究結果を、彼はダークマターを用いない熱エネルギーを考慮した計算式による観測数値をアインシュタイン博士の一般相対性理論が予測したものと一致させることに成功した。
要は、“重力とはエントロピーを阻害しているエネルギーである”、ということだ。
エントロピーとは物質(宇宙)を無秩序の方向性へと働きかける崩壊の力。
いわゆる斥力(拡散、膨張、遠心)の力だ。
そして、重力は斥力とは反対方向の働きで秩序を提供している力のことにあたる。
いわゆる引力(質量を引き合う力)というやつだ。
ちなみに万有引力と重力は違う。
重力は質量にかかる力の度合いのこと地球(惑星)上の引力と遠心力のことで、万有引力は質量のある全てに働いている力そのものであることから重力よりも根源的で、重力は引力という力の中の一部ということとなる。
その引き合う力をより解像度を上げていくと斥力という対極が見えてくる。
私たちはその均衡の度合いの格差のことを重力と認識しているのである。
磁石の引き上げる力よりも弱い地球の加速度に比例した重力、宇宙の絶対零度における真空中にあるのかないのかわからないくらいの重力波による無重力、またその無重力空間に波を生じさせることで真空に歪みをもたらすほどに巨大で無尽蔵な質量を有した天体による特異点重力領域等の格差を一括りに重力という単独の力として想定することで根本的な洞察を行えていない。
それは向かい風に向って尿をすれば自分に引っかかるのと同じくらい当たり前だ。
グラビトンはもちろん、重力という単一概念が幻想を生んでいるのだ。
重力の格差とは引力を伴う質量であるエネルギーによる力とそれを拡散させようとする熱による斥力のエネルギーによる均衡の顕在なのである、という旨の論文をヴァーリンデ氏は既存のアインシュタイン方程式にダークマターやダークエネルギー等のダークな要素を用いることなく解釈できる研究として提出した。
このことはE=mc2の普遍性をも強化している。
E=mc2は光速度絶対法則に基づいたエネルギー変換のことで、質量はエネルギーに変換できるし、エネルギーは質量に変換できるとした、物質の質量は変わらないとした質量保存の法則を破る方程式をアインシュタイン博士は二〇世紀の初頭に発見しました。
マンハッタン計画の礎となり、この発見が原爆の投下を実行させたのだ。
原子が持つエネルギーには光速度を2乗した膨大な質量が乗算されただけのとてつもない破壊力のエントロピーが内在されている。
それは言い換えれば少なくとも地球上の物質空間では滅多に本来物質が持つエネルギーは無闇にその力が原子爆弾のように質量をエネルギーに変えるような崩壊的な力の作用は自然現象ではほとんどない。
ただ、ほとんどないだけで全くゼロではない。
それがビッグバンであり、太陽や惑星が生まれたり、死んだりする際のことだ。
それらは水が氷や蒸気へと変化する相転移と同じ現象だ。
つまり、死や誕生とは「変換」の起点である、ということだ。
条件によって同じ素材が違う役割を持った性質へと変化し、場合によっては違う元素と結びついて全く違う質量を持った別の物質になることもある。
物質を変化させている“弱い力“が宇宙の鋳型となって、霊界という元々あった“強い力”の領域から質量を変えることなく物質化しているのだ。
E=mc 2(宇宙=電磁気力)なのだ。
私たちが重力であると感じている垂直の意識が霊界から魂への検閲ということだ。
宇宙秩序や自然環境に私たちの肉体はそうやって形態を検閲的に獲得している。
その相転移のエネルギー側からの干渉を示しているのがE=mc2なのである。
重力は質量に比例し、質量はエネルギーと等価、熱や光が物質化する証明式。
非物質である熱と光とはエネルギーの境界のことだ。
それはつまり、物質的なものと霊的なものとが相互に対消滅することで存在の形態を還元的に獲得している結果であり、その世界の原因として出現しているカタチの実態、それが質量である“霊による動き“のことをアインシュタインをはじめとした科学者たちがエネルギーと呼んでいる実態なのである。
そして、霊による動きのエネルギーの認識そのものが「私」たち意識なのだ。
私たち人間を認識する力そのものが空間のエネルギーとして覆っている。
それが全体にして個であるブラックホールを宇宙に見上げている私たちだ。
人間の肉体と精神の関係はブラックホールの中に存在するブラックホールという境域で検閲された特異点であることがイベントホライズンの層として投影。
そして、その投影である恒星の渦が銀河となってそれぞれの恒星の光がスポットライトとなって地球の人間の肉体に受肉することで太陽を目指しながら魂の体験を認識している。
その熱が根源からの意志としての声となり、その声が光となり、その光が太陽系の空間となり、その空間が霊界の光を反射することによって霊界の影である魂界が月の原型である水の領域として地球圏を吐き出し、再びその吐息を吸い込んだ先に現れたのが直線と曲線という二種類の線のみで作り出された幾何学の領域である物質のみを投影した宇宙を地球からそれぞれの光で見上げられるようホログラムさせている。
現在のアカデミーはこのホログラム原理を基にしたホログラフィック宇宙論を人間と宇宙に置き換えて量子的に考慮すると、私たちの意識や魂は肉体の死と崩壊で終焉を迎えることはなく、その後の運命が存在していることを明確に示唆している。
科学は肉体の先にも人間の運命があることを模索している。
科学は宇宙の深淵にも何かがあることを想定している。
科学は人間の認識が空間現象と関係していることに困惑している。
科学とはその模索、想定、困惑の未知を道として切り拓いていく思想と哲学の実践である。
人間及びこの宇宙がホログラムであるかどうかは置いておいて、私たちが人間としてこの宇宙に存在している、あるいは存在させられている、という原理と構造がどうやら色々と表面的にも根本的にも現象の因果に“人間原理”が少なからず関連しているところまで科学は到達している。
ただ、到達はしているが目に見える再現性と普遍性の共有と証明の壁が認識を相対的にさせている量子力学の次元を不確定性原理の檻に閉じ込めている。
そして、その量子力学が生じさせている現象である幾何学を数値化したテクノロジーが現代では人工知能と呼ばれる人間の意識と知性を模したデバイスを進化させ続けている、という私たちの認識は現代からこれからの未来の主役を掛けて観測することとなる。
実際は、幾何学という概念が空間の鋳型である量子力学という現象を宇宙の起源より人間の意識に“私たちの世界であり自分とは実際のところ何なのか?”の種明かしが如く出現させているのだ。
だから、粒子と波が同時的に存在しているという不確定的な解釈は正しいのだ。
量子力学が幾何学を生み出しているのではなく、幾何学が量子力学及び数学という物差しを用意することで、私たちはこの地球という天体上に自然素材からおおよそ自然とはかけ離れた化学物質による人工物を新たな新種として次々に生み出し続けてきた。
その正しさをよく咀嚼できないままに理解を練り上げてきた人間にとって都合の良い世界観にデザインしたもののことを文明と呼んでいる。
その文明は地層から掘り上げられたものであり、地層とは宇宙のことなのだ。




