メニューオブ『ミストルト』 オーダー#5 シンギュラリティ リプレニッシュメント(補充)
#35
「誰も知らないことを誰でもわかる言葉で語るのが物理学だ。誰もが知っていることを誰にもわからない言葉で語るのが詩だ」
これはオッペンハイマーが詩を愛好していることをディラックが形容した言葉だ。
ポール・ディラックが物理学以外にあまり興味がなかったことを示す逸話でもある。
彼は寡黙だった。
とても有能ゆえに多くの人が彼に関心を抱き、その糸口を見つけては声がけ試みをしてみるも、彼から返ってくる返事の多くは「イエスかノー」で完結することがほとんどだった。
彼は非科学的な知性と哲学を用いる人間とはどんなに言語を尽くしても意思疎通はできないと考えていた。
例えば、量子力学を説明してくれという友人や家族に対して、ディラックは「無理です、それは目隠しをした人に触覚だけで雪の結晶が何かを教えるようなもので、触った途端に溶けてしまうのだ」と述べている。
ディラックの意志であるこの世界の真理への疎通が難しいことをケンブリッジのアカデミーでさえ的外れで見当違いな論点の発言に溢れていたことから彼の不信は嫌悪へと変わっていく。
以来彼の言葉を聞くことが容易ではないことから、彼の通っていたケンブリッジ大学では一時間につき一単語を“ワンディラック”という単位が冗談めかしに設けられるほどに彼は無口となった。
ただし、この理由づけは後出しジャンケンによるものだ。
彼の無口は彼の気質に由来している。
彼が自信がないから口を閉ざしているのではなく、自らが自分以外の誰かに不信感を抱くことがないよう配慮していたのは事実であっても、無口への動機はそれ以前よりも認識されている彼の気質に導かれるままにこの世界の要請による好奇心がディラックがディラックたる所以となる気質が形成していたことによる。
この手の要請はアルカイと呼ばれる時代の神霊である権天使によって成される。
権天使は別名人格の霊とも呼ばれ、霊格に応じた才能を人格を手足に人類の自我が刻んでいる時間を調整していることから“時の調整者”ともされている。
つまり、時代の変革者とは霊格に基づく人格の才能によって派遣されている。
縛られている、と言っても良い。
才能による不自由さに彼らもまた縛られているのだ。
人格の神霊による時代を変革させるべく異能に翻弄される。
そのことを知る者は才能がもたらすその力による誘惑と称賛への中毒性を恐れる。
ゆえにディラックは極度に有名になることを恐れ、ノーベル賞が決まった際にも辞退しようとしていたところ友人のラザフォードに「もしノーベル賞を断ったら、君はノーベル賞をもらった場合よりももっと有名になる」と諭され、渋々受賞した。
ラザフォードは原子同士を衝突させて原子核の存在を明らかにした人物です。
よく一握りの才能が時代を作り、変えてきたという事実と現実を目の当たりにしてきたことだろうが、実際にその通りで彼らは人格の要請に従って才能を活かす表現を使命としている。
また乏しい能力、平凡な容姿、不細工のプライド、貧弱な意志、臆病な無気力、普通への固執、スリルへの狂気、穀潰し、底辺、不適応、不能、自閉、その他障害等の個性という性格もまた人格という霊格からの要請がバイタル化したものであり、それら意識的な傾向はある種の社会性に応じて出現している個であることから集合魂が前提となっている。
トータルセルフはこれらの魂の像である望みと願いにフォーカスしている。
魂のカタチである感情を読み取ることを自我で行うことで人格を思考しているのだ。
その思考でポール・ディラックは反粒子の概念に至る。
それが『ディラック方程式』だ。
理論物理学者であるポール・ディラックは一九二八年に電子の相対論的な量子力学と一般相対性理論の解を記述するための方程式で、正のエネルギーの解だけでなく負のエネルギーの解が導かれてしまう不可解な仮説が生じてしまう。
この仮説は負の質量を持つ電子が正の質量の存在の背後にはあることを示したのだ。
これはどういうことかというと、理論的には力の働きには一見したものとは逆向きの作用、つまり作用反作用とは別の物理作用が現象として起こっているはずという訳のわからない解を電子の相対性が存在していることを示唆した。
ディラックはこの不可解な電子のことを「ロバ電子」と名付け、この意味不明なロバ電子が示唆する現象がなんであるかの正体を突き詰めた末に、彼は「この世界は実はロバ電子によって海のように覆われている」という仮説を『ディラックの海』としての論証を空孔理論の中で提唱した。
ディラックの海とは宇宙の真空を埋め尽くしているであろう負の電子のこと。
空孔理論とは真空中にて正の電子が発生することによって孔(穴)となり、その孔(穴)は真空ではないものとしての補完作用がロバ電子のような訳の分からない反作用の解であり、要は真空中の認知できないが確かに存在しているエネルギーである負の電子のことを反粒子と呼んだ理論のことだ。
いわゆる陽電子の存在をディラックは記したのだ。
その後一九三二年に物理学者カール・アンダーソンによって陽電子が発見される。
つまり、すべての電子には反粒子である陽電子がまるで双子のように対消滅関係にあることを、物質電子へのガンマ線照射による陽電子の検出の確認で物質の出現は反粒子による対消滅の結果と反映であることが決定的となった。
反粒子(原子核内=陽電子、反陽子、反中性子)が存在する。
この事実は既存のシュレディンガーの波動方程式が示す、電子の振る舞いとその決定を私たちは認識することができないことの問題を解決した。
一九三二年のそれまではディラックが提唱する負の電子による海では電子が消えてしまうことを踏まえることができないままの確率でしか示すことができなかった。
しかし、彼が予言的に示唆した陽電子の存在によって素粒子の分野が確立される。
一八九七年:電子の発見
一九一一年:原子核の発見
一九一七年:陽子の発見
一九三二年:中性子の発見(中性子が陽電子及び電子になる)
※電荷を持たないニュートリノも中性子の崩壊から放出
現在では、この反粒子の存在を前提に素粒子物理学は論証され、そのため様々な呼称の破れた対称性の証明がなされることで反物質の領域を裏付ける世界観が数学と物理学のアカデミーでは受け入れられ、素粒子という概念は今後もっともっと身近なものとなっていくことで私たち霊魂の新しい認識として現れてくることがある。
自発的対称性の破れ:見かけ上の現象の全てが見えない現象の結果として現れる
パリティ対称性の破れ:鏡との対称性=コバルト60が現実と鏡とで逆向きになる
カイラリティの破れ:右手と左手のように対称で似ているが量子的には破れている
CP対称性の破れ:K中間子が破れた際のKの中の粒子成分と反粒子成分とが違う
※C=チャージ変換 P=パリティ変換
ゲージ対称性の破れ:超電動中の磁力線(光)が入り込めない=光に質量がある
※ゲージ対称性(=力を生んでいる因子)は質量があってはならない(=光)
私はその可能性の領域を多くの人に先立って洞察することができている。
つまり、これら対称ではない概念の世界との関係性を知覚できる。
見ることができるというよりも概念の本源領域に“存在してきた”という体験を脳以外の部分で知覚してきた経験が“私の刻印として”肉体にある状態でも引用可能だという意味だ。
脳的な作用の概念は個としての検閲が抵抗としてあるため融合しない。
だがしかし、脳以外で機能する「私」はその物理的な抵抗を必要としない程度に合わせた宇宙的生命体と融合状態となって物質と対をなす領域の知覚を行う。
それらの融合存在と「私」という概念が同一の領域にいる幾何学世界の住人としての影が私たちの現実世界では文明となり、知性と呼ばれ、理性とされる意識がカタチとなって吐き出されている。
そんな思い出に還ることができるメソッドを活用し、今こうしてこの喫茶『ミストルト』のメニューとして普及しているのだ。
私の『ミストルト』ではヘミシンク等の変異デバイスによる教育的干渉だけではなく、拡張された意識洞察のための哲学補充を行うことも当店のメニューには含まれている。
その成果はここでのメニューによるものに限らず、この時代にスポットライトを当てている自我からの洞察を行えた者は次第に吐き出ものとしての認識を覆していく。
私たち認識の将来とは素粒子を通じて魂の実像をこの目で見ることとなる。
この世界は実態ではないのだ。
太陽による反射像なのだ。
魂の認識が地球のエーテルから創り出された像を私たちは現実と呼んでいる。
そのエーテルの帳
霊人とは霊
私は私の根源である霊人と融合することで魂のトータルセルフを見ることができ、霊的自我として時代と時代を渡っている人類の魂の領域を俯瞰している。
霊のトータルセルフとして見下ろしている各宇宙でもある集合的な魂
またその反映は地球への誘惑の根源霊ルシファーの地球領域への結界でもある。
放射線とは放射能を持つ元素が崩壊した際に発生するエネルギーのことだが、その電気的な作用のことを霊界では“堕天したエーテル”と呼ばれている。
それらは現在、地球で活動している人間の魂によって宇宙から降り注いでくる電場及び磁場として観測され、それを取り出すことによって人類はエーテル的な要素を認識から排除し、一八世紀より産業的な文明技術を急激に発展させてきた。
ゆえに私たちと堕天したエーテルである電気、磁場、放射線とは一蓮托生の関係にあることによって人間と地球、そして宇宙の認識という覆いが魂の現実として展開されている。
つまり、電気及び磁場や電場もまた人間の魂のトータルセルフなのである。
ポール・ディラックはその領域をモノポール
太陽風から地球を守るかのように巡るトーラスと呼ばれる円環状の磁場が地球の極を形成し循環しているのだが、それそのものがモノポールなのだ。
磁気単極子
ブラックホールや電子、宇宙の膨張と同様に無限大をレコードする特異点の類だ。
トーラス
もちろん、その生じ方はどこかに穴があってそこから何かが這い出てくるような排泄物的に吐き出されるのではない。
だからどこにも特異点は存在しないし、その反面どこもかしこも特異点なのだ。
私たちの体に心があるように、空間を司る電磁波全てに反物質が同時に存在することによる対消滅のエネルギーが宇宙及び地球と人間の体温となって、霊魂の領域というモノポールに人間的な周波数を反響させている。
その電磁的な作用は私たち人間の魂の空間的認識と同期していて、それが人体と自然環境の循環作用の全ての粒子と粒子
トンネル効果とは物質的な関係を無視した情報伝達のことだ。
いわゆる壁のすり抜けのことで音や電波やイオンの量子移動に関する特徴のことだ。
例えば人体の呼吸や植物の光合成におけるエネルギーの合成酵素のイオン移動は量子のトンネル効果であるとされていて、人間の呼吸は水と酸素をナトリウムポンプで結合の際にそのトンネル効果によってイオンの受け渡しは行われていて、草木の光合成では元々安定している水や二酸化炭素の結合をぶった切るという核分裂反応にも似た現実的にはあり得ないイオンの移動
この量子的な化学エネルギーの移動秩序を何が促進させているのかはわからないが、ナトリウムポンプと光の作用によるトンネル効果であることだけはわかるという科学者は嘘つきだから気をつけたほうがいい。
クォークの名付け親で一九六九年にノーベル学者のマレー・ゲルマンは言った。
「量子力学は真に理解している者は1人もいないのに使い方だけはわかる」
電子レンジやエアコン、冷蔵庫などの家電製品の多くの構造を知らないけど、スイッチを押すだけでなぜか一通りのテクノロジーを扱えるのと私たちが人間のことをほとんどよくわかっていなくても人間の肉体を扱い生きていけているのも同じだ。
私たちが毎瞬間に行っている呼吸がトンネル効果という量子力学を利用するように進化してきた、という現象の観測的事実をただ見ることしかできないということに問題があることをゲルマンは提起しているのだ。
奇妙な力の流れを示す量子力学という化学反応は宇宙が始まった起源とイコールなのであり、その起源の作用が人体の全ての化学反応とがいかにして結びついているのかという洞察においてのみ私たちの思考は一元的な論理での価値観で物事の対象と関わることが可能となる。
少なくともこの世界
“肉体に提供されている個”とはその調停ために用意されている。
その創造法は地球の物質体と同じであることから素材も地球由来となっている。
放射線が放射能を有する元素から生じるように、電磁波である磁場も電場もモノポールの領域であるエーテルの世界から逸脱したことで展開されている反エーテル作用、堕天したエーテルが赤方偏移や宇宙マイクロ波背景放射となって物質的なビッグバンによって宇宙の歴史が始まり、やがて地球にまで至ったかのように見せ続けているが、それは真実ではない。
本当は反物質の領域であるエーテルの世界は常に私たちの目の前の鏡として存在し、私たち人間の脳はその反響から逸脱した側の世界のみを認識している物質が51%の過半数を示した色と音の残響を見せられている。
検閲されているのだ。
だから私たち人間の魂
認識できるのはエーテルの反作用である堕天寄りの電磁波的周波数のみ。
人間の魂とはそれら電磁波の化身としてその末端に存在する意志のことなのだ。




