#3 人間は本質的に肉体でもなければ魂ですらない叙事詩
#3
急に座り込んだ別人格の私は会話はできるも記憶喪失のような感じだった。
まるでドラマや漫画、小説に出てくるフィクションのネタキャラかよ、と思えるくらいに半ば設定的な笑い話のような感覚で私が私ではなかった際の情報取集を陽気には努めていたが、些か冗談が過ぎる、と思うまでにそう時間は必要としなかった。
気を失っている間に自分以外の誰かが自分の身体を勝手に使っていたなどということを想像した時に巻き起こる私たちの感情がどんな印象を受けて、どんな混乱の嵐に苛まれるのかはおそらく実際に体験してみないときっとわからない。
私がパニックをきたしたトリガーのイメージはこうだ。
私の身体が勝手している時の「私」はどこで何をしてた?だった。
その想像をするたびに意識は混濁し、空間が歪むような目眩を起こし、制御の効かない嗚咽から嘔吐を繰り返し、私の不在に関する想像への拒絶反応が凄かった。
そして、眠るのが怖かった。
私の想像力は昔愛読していた野球漫画の中で頭部にデッドボールを受けた後の夜中に、その影響から帰らぬ人となった物語を想起させてきたことから、私もそれと同じようにもう二度と目覚めないかもしれないの恐怖に血の気の引く想いをもれなく提供してくるのだった。
私以外の誰かの活動中の子供のような“誰か”とは何であったのかを思った時に、もしもそのまま元の私に戻ってくるという形式に成らなかったならば、少なくともこの世における「私」は私という存在の不在であったことを認められることから死及び消滅という結論に至らざるを得なかった。
つまり私は一時的とはいえ死んでいたということになった。
その事実を受け止めた心臓の動悸が耳元で音を立てているかのように鳴り響く。
その脈動と関連してか、脳が溶けていくかのようでまともな思考が厳しかった。
スポーツで敗北した時や失恋をした時のような前頭葉付近の軋みよりもさらに酷かった。
目玉の裏側を何かで鷲掴みされているかのような痛みがどんどんと脳の奥深くまで開通させるべく抉る勢いで持続し、そのあまりの痛みと気持ち悪さから嘔吐も伴うことによって、トイレから離れられない程度には苦しむ必要があった。
いっそ死にたい、意識を失いたい、全てがどうでも良くなるほどの痛みだった。
これは私が勝手に大袈裟に考えすぎているだけで大した怪我でも出来事ですらないのかもしれないのだから独りよがりに妄想を膨らませるのを止めよう、などという合理的で理性的な説得的な思考など役に立つはずもなく、ただただ時間経過のみが救いでどうにかこうにか凌ぐしかないやつなのを悟り、脳も内臓も血流も決して私の思い通りにはならない決意を表明したときのパターンに入っていた。
だから私は仲間の一人と酒を飲んで、弱音を吐いて、セックスして寝た。
自分?「セックス最高!セックス最高!セックス最高!」
???「まぁ、十分苦死んでるようでしゅし、せめてこのくらいはしてやらんとにゃ」
自分?「???」
???「・・・」
自分?「ん?誰?暗っ!怖っ!」
???「あう?しゅっげえ未熟な自尊チンなのにこっち向いちゃったでしゅ、どうしよ、めんどくしゃ」
自分?「あの、誰かいる?」
???「(いないでしゅよ)・・・」
自分?「何も見えないし、何も感じなかったけど、誰かがいないふりをしているのだけがわかる」
???「しまったでしゅ、こいつ神経感覚を遮断されてるはじゅなのに天然で境界超越してきたみたいでしゅね」
自分?「感覚遮断?境界超越?あれ?これ、オレのイメージ?」
???「仕方ありまちぇんね、お前しゃんの考える自分という感覚がある限り、ここでは何も認識することができないようにしてまちゅ。同時にお前しゃんが肉体で自分だと思っていたことは、ボクちんがこの境域でのゲロやクソのような吐瀉物を勝手に物質的な感覚にして自分を認識していた、それがお前ちゃんだ」
自分?「うお!なんだ!モザイクなしの汚ねークソみたいなイメージが頭の中に流れ込んできたんだが!」
???「あ、しゅいましぇん、お前しゃん、天然でインスピレーション状態(魂的霊聴状態)でしゅたね。少し気をつけましゅ」
自分?「あ、グロいの止まった。でもまた、頭の中が真っ暗になった」
???「もう頭とか無いでしゅけどな」
自分?「ない?でもこのやり取りの感じは頭の中のイメージ的なやつなんだけど」
???「それな、それほとんどボクちんが肉体をやってる魂のキミに渡してたやつでしゅ」
自分?「マジか、魂ってホントにあったんだ、ところで魂ってなに?」
???「お前のことでしゅ」
魂?「オレが魂?」
???「そうでしゅ」
魂?「身体は?」
???「あれは地球のものでしゅ」
魂?「あ、ほんとだ、じゃあオレの魂は?」
???「地球外にいるお前しゃんのものでしゅ」
魂?「そうなんだ、じゃあオレは宇宙人?」
???「全部宇宙の一部でしゅからね」
魂?「なるほど、じゃあ、宇宙って何?」
???「天体階層世界、要は天界でしゅ」
魂?「宇宙が天界ってそのままじゃん」
???「本当は全部霊の世界なんでしゅけど、現在の宇宙次元では霊界とそうではない領域とに分離して久しいでしゅから天体と空間の解釈はお前しゃん方魂の自由に任せられてるのでしゅ」
魂?「どういうこと?」
???「つまり、お前しゃんは本質的に肉体でも魂ですらないのに肉体化した魂としての解釈を偏見にしている、という意味でしゅ」
魂?「解釈の問題?」
???「それが魂の分水嶺なのでしゅ」
魂?「たったそれだけ?」
???「もっと言うと今のお前しゃんの自我は本質的には魂ですらないっしゅ」
魂?「え、じゃあ何?」
???「さっき言ったじゃないでしゅか。お前しゃんが自分だと思っていたのはほぼボクちんが渡してた思考だって」
魂?「じゃあ魂であるオレがやってたことって何?あれ?魂のオレって何だ?」
???「魂とは身体細胞が発していたお前しゃんに関係する全ての意識のことでしゅ。ただ、頭そのものとして認識していたお前しゃんにできたことは主に私の話を無視しゅること、つまり四肢や胴体の都合(意志)を拒絶しゅること、断念しゅることで、肉体の生命状態を遮断した神経知覚を使って好き勝手解釈して不眠、不休、刺激を求める好奇心で我々生命の意志からの自由と解放を満喫しているのがお前さん方でしゅ」
魂?「あー、そういうことだったんだ(クソみたいなイメージのように頭と胴体と四肢の相関関係として伝わってきている)じゃあ、オレは頭の意志であなたはオレの肉体の意志ってことですか?」
???「うーん、しゅこし違うでしゅな。お前しゃん方の肉体のデザイナーとした方が正しいでしゅ。もちろんデザイナーとしての意志で肉体から働きかけているという意味では正しいのでしゅが、もっと俯瞰的な、高位の立場からお前しゃん及び地球の人間の特質に合わしぇたデザインに関わっているお前しゃんの純粋自我そのもの、つまりお前しゃんは純粋自我の分身と同時に人類に自我という権能が上手く働くよう肉体をデザインしたいわゆる高次元の存在の“分神”でもあるのでしゅ」
魂?「何このイメージ、高次の自我?霊人?オレはその分神?」
自我?「おっと、お前しゃん方の考える地上の主体である肉体のことだけを指す狭い意味での自分及び自我のことではないでしゅよ。実際お前しゃん方の魂が自分という立場と視座を想起しゅることができるのは、今のお前しゃんが見ることもできないこのボクちんによる自我権能によるものなのだしゅ、わかりましゅか?」
魂?「自分という想起は肉体の意志の権能でその思考が生命として働いていて、その解釈を頭で自由に解釈しているのがオレたち、か・・・道理で思い通りにならないわけだ。でもあれ?その話をさっきの相関図に適用すると肉体で頭の魂をしているオレはあなたの声を無視したり、拒絶したりで肉体の自由を選んでいるわけですよね」
自我?「まぁ、全然話聞いてくれましぇんよね。生きてる人間にはだいたいボクちんの声は届きましぇん。特に若い人はほとんど話になりましぇん。提供できているのは実質“自分という主体”による権能だけで、頭を創造した奴のフィルターへの親和性が強しゅぎてボクちんの意志は須く歪められて伝えられるからお前しゃんの背後に回らざるを得ないのでしゅ」
魂?「何このビジュアル系ロックバンド風のバリバリにダークな奴、完全に悪のカリスマじゃん、魔王じゃん」
自我?「しょいつが人間の脳と神経を創造して頭の中の蛇になって我々の分身としゅて創造した人間の進化触媒である肉体の頭と精神を乗っ取ってるのでしゅ、いや、人間の魂を物質化するためにいろいろと巻き込みながら引きづり降ろしゅている、が正しいのでしゅ」
魂?「え?それもオレってこと?」
自我?「人間の魂の作用はその眷属の一部となっているのでしゅ。自我の権能を掠めとった逸脱した魂の眷属としゅてのお前さん方は地上の人間という立場を選んでいるのでしゅ、或いは堕天側から選ばれていまっしゅ。だからそういうのが土足でこっちに上がられても困るからボクちんたちが境域の門番としてこうしてお前しゃんの前に顕れてるんでしゅ」
魂?「そうなんだ、てか境域の門番って、死後って翻訳が入ってるんだけどやっぱりオレ、死んだん?」
自我?「いや、死んでないでしゅ。ていうか、厳密にはお前さん方魂は生まれてもないから死ぬこともないんでしゅ、とりあえずお前しゃんが自分だと信じている肉体の脳機能が停止したままで、まだ死んではいないでしゅがそちら側で生きているとも言えないとだけ伝えておきましゅ」
魂?「あ、ほんとだ。セックスした後のオレか、確かにとても生きているとは言えないが、サイコーかよ」
自我?「キモしゅ」
魂?「やめてー、第三者視点のキモ映像やめてー、AVの出演者ってこんな感じかって思うと相当な覚悟があることに敬意を払わざるを得んな」
自我?「まったくでしゅ、臨終時には有象無象に見られていた性的欲望の渦とそれに至った動機とがパラレル的に融合した状態で追体験しゃれることとなることを思うと手放しでは誉められんが、こういった肉体で経験した骨格の情報がそのまま次の脳と頭蓋の中に折り畳まれることとなりましゅ」
魂?「これマジか!人体の手足の骨が上顎と下顎になって胴体の骨格を飲み込んで押し出された肋の部分が閉じて頭の頭蓋になったんだが!」
自我?「骨の意志というやつでしゅ。つまりお前さんの頭の構造であり脳組織は前世の四肢や胴体の骨格が原型になっているということでしゅ。ちなみに人体の中で骨と神経はほとんど生命を宿していないことから人間を硬質化させる傾向と方向性を肉体に提供し続けていましゅ。そして、そのための働きかけをしているのが頭と骨と神経によって顕在化しているお前しゃん方が“自分”だと信じている純粋な精神と思考なのでしゅ。」
魂?「純粋精神であるオレたち人間の魂は骨や神経で肉体の空洞を貫いている?」
自我?「悪くないイメージでしゅ。つまり魂にとって肉体は使うもの及び装うものであってでしゅね、その中身で何が起こってるのか感じることができなくても興味を持たなくても平気なような仕様になっていることで魂は生命側からの自由を獲得しているのでしゅ」
魂?「オレたち魂が生命エネルギーを触媒に肉体を硬化させながら地球そのものの物質化への傾向を強めている?」
自我?「そう、そのことを受肉と呼ぶでしゅ」