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学園で迷子になって助けてくれた人を好きになってしまいました。

 私が15歳で高等学園に入学したその日、私は困り果てていた。

 広大な学園の敷地の中、一年生のクラスがどこにあるのか分からなくなっていた。


 ちょっとした探検気分で、気の向くまま建物の中を見て回っていた。

 理学室や保健室を見つけては喜んでいたはずなのに、いつの間にか人気はなくなり、シーンとした廊下で私の足音だけがヒタヒタと耳についた。

 引き返しても何故か覚えのないところばかりで、泣きたい気分になっていた。


 最後の手段だと浅はかにも考えてしまい、窓から外に出る覚悟を決めて、腰の高さの窓を開け跨いだ。

 教室側からは腰の高さだった窓も、建物の外から見ると私の身長より高い位置にあり、跨いだ格好のまま私はバランスを崩して建物の外へと体が傾いでいった。


「きゃぁぁあっ!!」

 落ちることを覚悟した時、声と手が私にもたらされた。

「何しているんだ?」

 私の肩を支え、外側に落ちるのを防いでくれた人を見やる。

「探検気分で歩いていたら迷子になってしまって、窓から出て校庭に出たら場所が分かるかと思って、跨いだら・・・」

「思ったより高かったと?」

「はい・・・」

 私の体重など紙を扱うかのごとく軽々と抱き上げ、地面へと下ろしてくれた。


 その時には窓から落ちる恐怖と、人に出会えたことでホッとした私は半泣きになっていた。

「ちょ・・・」

 ぎょっとした顔がおかしくて目に涙をにじませながら私は笑った。

「器用なやつだな」

 とハンカチを取り出し涙を拭ってくれた。


「シューリス・カルミアです。助けてくれてありがとうございます」

「ミリステン・カイアットだ。たまたま通りかかっただけだから」


 ミリステンは私が分かる場所まで送り届けてくれて「じゃぁな」と言って頭を一つ優しくぽんと叩いて去って行った。

 子ども扱いに不満を持ったけれど、人前で半泣きになった私は文句の言いようもなく、別れてから少し頬を膨らました。



 それから不思議と縁がありミリステンとよく出会(でくわ)した。

 食堂でたまたま隣り合ったり、移動教室へ向かうと廊下でばったり会う。

 最初に食堂で出会った時に、助けてくれてありがとうと伝え、珈琲を差し入れた。

 

 今日は二度目の遭遇で互いに驚いた。

「よく会うな」

「本当ですね」

「学年が違うのにここまで会うのは珍しい気がするよ」


 高等学園は、食堂の混雑を避けるため、学年ごとに休憩時間がずらされている。

 それでもミリステンとは出会ってしまう。

 いつしか、出会うと互いに近寄っていくようになり、言葉を交わし合うようになっていった。


 

 放課後ばったり出会ったある日、意を決して尋ねることにした。

「ミリステン様には婚約者か好きな人はいますか?」

「婚約者はいないよ。好きな人に関しては内緒」

 そう言われて、私の失恋が決定した。


 ミリステンの背後をトボトボと歩いていると馬車寄せに到着して、別れの言葉を口にして馬車に乗り込んだ。


 その日は一日泣いて、腫れた目をして学校に向かった。

 馬車から降りた私の前をミリステンが歩いているのが目に入り、また涙が出そうになったけれど、ここは家じゃない。からと我慢した。



 いつもなら背後から走り寄って、挨拶をするのだけれど、声を掛ける気にはなれず歩調を落として距離を取った。

 一度タイミングを外したせいか、神の采配か分からないけど、それからはミリステンと殆ど会わずにすんでいた。

 少し、私が避けているのもあったかもしれない・・・。



 ある日のこと、授業が終わり帰ろうと教室から出ると、一つ上の先輩に校舎裏に呼び出され、ついて行くと、告白された。

「初めは友達気分でもいいから付き合ってくれないか」

「ありがとうございます。お気持ちは嬉しいのですが、ごめんなさい」

「そっか。好きな人が居るのかな?」

「はい・・・」

「分かった。聞いてくれてありがとう」

 先輩は爽やかな笑顔を残して去っていった。



 馬車寄せに向かって歩いていくとミリステンが立っていた。

 失恋しても顔を見れただけで喜ぶ私がいて、そうだ私失恋したんだ。とまた落ち込んだ。

 

 誰か待ってるのかな?

 ミリステンに見つからないように我が家の馬車に乗り込み、帰路についた。


 失恋って本当に胸が痛いんだ・・・。

 私に告白してくれた先輩も今、同じような気分になっているんだろうかと考えた。

 一つ上の先輩を受け入れられたら楽だったのに、どうしてミリステンでないと駄目なのだろう、とまた泣けた。



 翌朝もミリステンは馬車寄せで腕を組んで立っていた。

 朝から顔を見れた事に喜びを噛み締め、邪魔にならないようそっと馬車寄せから離れた。


 ミリステンと話さなくなって何日経っただろう?凄く長い気がする。

 胸の痛みに寂しさが増し、自分が嫌になった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ちょっとまずいかもしれない。

 シューリスに婚約者か好きな相手はいるかと聞かれ、好きな人に関しては内緒。と言った時のシューリスの顔が忘れられない。


 一瞬でクシャッとした顔になり、その後直ぐ涙をこらえる顔になって、俯いたきり顔をこちらに向けることはなかった。

 明日会ったらちゃんとシューリスが好きだと伝えたほうがいい気がする。

 絶対誤解している。


 告白する決心をして翌日からシューリスを探して歩くがもう出会えないまま何日も経つ。

 いつもは考えていなくても思っても、シューリスは現れたのに一体どうしたというのか?


 もしかして避けられている?

 シューリスの教室に向かうか?

 あの時、好きな相手はシューリスだと言えばよかった。

 シューリスが俺に聞くには勇気がいったはずだ。あんな風に答えるんじゃなかった。


 最後の手段で馬車寄せに行ってシューリスが来るのを待ちかまえた。

 ほんのちょっと目を離しただけでシューリスの家の馬車は動き出してしまった。


 いよいよ本当に不味い気がする。

 俺が待っていたことに気が付いた筈だ。

 馬車を追いかけるべきか?と考えたが、カルミア家の前で告白するのには勇気がいる。

 とてもじゃないが俺には無理だ。


 明日朝早く行ってまた待ち構えようと考えた。

 馬車寄せで待つ。カルミア家の馬車が入ってきて、そちらに向かって歩きだそうとしたら、背後から友人に呼び止められ、教科書を忘れたから貸してくれと頼まれた。

 後で取りに来いと言った時にはシューリスの馬車は帰路についており、シューリスの姿はどこにも見当たらなかった。


 昨日シューリスが二年生に告白されたという噂が流れた・・・。


 絶対受け入れない筈と思っていても、あの時のクシャッとなって泣きそうな顔を思い出し焦燥が募る。

 授業が終わったと同時に教室を走り出て、シューリスの教室へと向かう。

 そこには友人と話すシューリスの姿があった。

 少し痩せた気がする。表情にも陰りが見える。

 告白は断ったのだろうか?



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 授業が終わり、仲のいいフェリシーと教室で話しているとミリステンが私の教室に顔を出した。

 顔を見れた喜びと、誰に用があるのだろうと不安に思うと、ミリステンは私の前に立った。


「シューリス」

「ミリステン様・・・。お久しぶりです」

「元気なのか?」

「はい。元気ですっ!」

 笑顔がひきつっていないか心配になったが、なるべく平気な顔をしなければ、と自分に言い聞かせた。


「そうか・・・ならいんだ・・・」

「ご心配おかけするようなことがありましたか?申し訳ありません」

「いや、最近会わなくなったから・・・」

「そうですね。タイミングがずれちゃったのかな?会いませんね」

「まだ帰らないのか?」

「いえ、もう帰ります」


 フェリシーが私に帰宅を促すので、立ち上がりフェリシーに「また明日ね」と言って教室を後にした。


 ミリステンは私の数歩前を歩き、時折振り返っては私の姿を確認する。

 そんなふうにされると、諦めた思いが勘違いをしてしまいそうで、胸が痛くてたまらなかった。


 ミリステンは振り返り、私の手を取って馬車寄せとは反対の方に引っ張っていく。

「ミリステン様?」

「ちょっと付き合ってくれ」

「どちらに向かわれるのですか?」

 返答はなく、私の手首を握ったままミリステンは先導した。


 着いた先はミリステンと初めて出会った場所で、複雑な気分になる。

「あの日には分りませんでしたが、こんな場所だったのですね」

「ああ」

 立ち止まり、私の手を離す。

 もっと手を握っていて欲しかったと握られていた手を自分で握る。

 ミリステンの温もりが名残惜しい。

 痛む胸に蓋をしてミリステンが話し始めるのを待った。


 何分か待っても何も言わないミリステンに私のほうがしびれを切らしてしまう。

「あの・・・なにか・・・?」

「・・・私を避けているのか?」

 怒りが滲んだ声は普通なら怖いと思うところなのだろうけど、ミリステンはきっと怒ってはいない。


「避けてなどいません」

「ならなぜ毎日何度も出会っていたのに急に会わなくなったんだ?」

「・・・私には分かりかねます」

 顔を見ていられなくて俯いてしまう。

「私と一緒に居るのは嫌か?」

「とんでもない!」


 慌てて顔を上げて、首も手も振る。

 その動きが可笑しかったのかミリステンが声を上げて笑った。

 私はそのミリステンを見てまた胸に痛みが走る。


「どうしてそんな辛そうな顔をする?」

「え?辛そうな顔をしていますか?」

 顔に手をやり自分の顔を確認するように触るが、解るはずもなく諦めて、苦笑を浮かべた。


「残念ながら私がどんな顔をしているのか解りません」

 ミリステンが目を細めて温かな笑顔で私を見る。

 そんな顔で私を見ないで欲しい。酷く胸が痛んで、もう絶えられないかもしれない。


 手で胸を押さえ、俯いた。

「御用がないようでしたら帰ってもいいですか?」

「駄目だ。用はある」

「・・・はい。何でしょう?」

 顔を上げられないまま問い返すと、私の頬にミリステンの手が添えられ、上を向かされた。


「なぜ俯向く?」

「えっと、特に意味はありません・・・」

「やはり私を避けているだろう?」

「そんなことはありません・・・」

 頬に触れているミリステンの手の温もりに、私は逃げ出したい。


「あの・・・手を離してもらってもいいですか・・・?」

「駄目だ」

「えっと・・・なぜ?」

「シューリスが俯向くから」

「このやり取りは何なのでしょうか?よくわかりません」


「シューリスは婚約者や好きな人はいるのか?」

 私がした質問を、同じように返される。

「婚約者はいません。好きな人はいました・・・」

「過去形なのか?」

「好きな人には、好きな人がいたようなので・・・」


 もう駄目だ。涙が出てしまう。

「もう、帰ってもいいでしょうか?」

「駄目だと言っただろう?」

 必死で我慢していたものがふつりと切れた。

 涙が後から後から流れ出る。

 唇が震え言葉を紡ぐことが出来ない。


 私の涙をミリステンが親指でたどり、ぞくりとしてしまう。

「この涙の意味を聞いてもいいか?」

 私は首を横に振る。

「私には好きな人がいる」

 首を縦に振る。


 逃げ出したい。一歩体を引きミリステンの手が離れ、そのまま私は走り出す。

 直ぐにミリステンに捕まえられてしまう。

 もうこれ以上聞きたくない。


 ミリステンに抱きしめられていた。

 片手で私の腰を抱き、反対の手で私の頬に手を添え上向かせられる。

 ミリステンが少し前かがみになり、ミリステンの顔がどんどん私の顔に近づいてくる。


「シューリス・・・」

 私の唇にミリステンの唇が落ちた。


 私は目を見開き、口も開いてしまう。

 ミリステンの唇が少し離れた。

「私が好きなのはシューリスなんだ。シューリスは私のことが好きか?」

「うそ・・・」


 私は目をつむり、頭を縦に振った。

 耳に近い場所でクスリと笑うミリステンの声に立っていられなくなって膝から力が抜ける。

 ミリステンが抱きとめ、また私の唇にミリステンの唇が落とされる。


 私はもうミリステンにされるがままだった。

 私が落ち着くのを待ってくれているみたいなんだけど、地面に座り込んだミリステンの膝の上に横抱きで座らされていて、思考は飛んだままになってしまう。


 かなりの時間を要して、やっと自分を取り戻した事に気がついたのか、ミリステンが近い距離で目を合わせ尋ねてきた。

「私と付き合ってくれるか?」

 私は縦に首を振って同意したが「ちゃんと言葉で言って」と言われ「はい」と答えた。



 それからは怒涛の日々だった。

 毎日ミリステンに追い詰められている気分になる。

 退路を潰され逃げ道にはミリステンが立っている。そんな気がする。


 追い詰められ、私は縦に首肯くしか無くなり、たった1ヶ月で婚約することになってしまった。

 嫌だったわけじゃないのよ!状況に心が追いつかなかっただけなの!


 カイアット辺境伯が我が家に来ると先触れがあった時、我が家の全員がパニックに陥った。

 今まで付き合いもなかったのに、何の用か分からず両親は上を下へと大騒ぎした。


 私は小さな声でミリステンと付き合ってることを伝え、婚約したいと言われたことを、カイアット辺境伯が来るその日にやっと両親に伝えることができた。


「なんでもっと早くに言わないの!!」

「ごめんなさい・・・恥ずかしくて・・・」

 カイアット辺境伯が来るまで両親に叱られ続けた。



 ミリステンは翌春、卒業した。

 けれど、辺境伯領には戻らず、王都の騎士団に入団して私の卒業を待ってくれた。

 私が学園を卒業すると同時に退団し、一緒に辺境伯領に向かうことになった。



 辺境伯領に着くと主寝室を間に挟んだ片方の部屋が用意されていて、私はその部屋を見て朱に染まった。

「結婚式を挙げるまでは鍵を締めておくんだ。いいね?」

 そう耳に近い場所で言われ、朱に染まった顔がこれ以上赤くなれず、血の気が引いた。

 ミリステンの背中にパンチを食らわしてやったが、猫の子ほどにも気にならない様子で、嬉しそうに笑っていた。


 辺境伯領で私が落ちついた頃、結婚式が執り行われることになった。

 遠いところにも関わらず、私の両親と兄弟も辺境伯領まで来てくれて共に祝ってくれ、とても幸せだと思った。


 その日の夜、名実共にミリステンの妻になった。

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