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黒と白の神話-6


 飽きた。

 目の前の頭蓋骨を砕くと、フランツは無感動にそれを地面に落とした。

 つまらない。以前は、こんなことでも暇つぶし程度には思えていたのに。

 何かが不足している。飢えにも似たそれは、血肉を喰らっても埋まることはなかった。

 ここには悪意が満ちている。それは心地が良い。力も存分に振るえる。だというのに、フランツは、あの不自由な空間を思い出していた。

 あの場所は、訪れるだけで魔力を消耗する。行くメリットは無い。会いに行くと言ったが、あんなものは口約束だ。守る義理も無い。

 考えると不愉快になる。いらいらとして、何かに当たり散らしたくなる。それなのに何故、あの馬鹿みたいな笑顔が脳裏から消えないのか。

 会えば、この不快さは多少ましになるだろうか。

 大きく舌打ちをして、フランツはコンパスを取り出した。




 霧のかかる島。視界の悪い砂浜で、彼女は何かを拾っていた。また、流れ着いたものを集めているのだろう。頼りないその背中を、蹴り飛ばしたらどんな顔をするだろうか。怒るだろうか。泣くだろうか。

 けれど。


「マリア」


 ただ、名前を呼んだ。マリアは息を呑んで振り返ると、手に持っていたものを全て放り出して駆け寄ってきた。


「フランツ!」


 ちかりと、光が散る。

 フランツ。そうだ。呼ばれるまで、自分の名前すら忘れていた。彼女がくれた名前。彼女しか、呼ぶことのない名前。

 眩しいほどの笑顔。弾んだ声。遠慮なく飛びついてきた彼女の、重み。じわりと肌に沁みる体温。

 そうだ。これが、欲しかった。


「おかえりなさい!」


 渇きが、満たされていく。満たされたそばから渇いていく。

 飢えている。欲しい。もっと欲しい。

 マリアが、欲しい。


「フランツ? どうし――」


 見開かれた彼女の碧眼は、海とやらに似ていなくもない、と思った。




*~*~*




「最っっっ低!!」


 マリアがまともに言葉が発せるようになって、第一声はそれだった。


「うるせェ」

「うるさい!? うるさいで済む問題!? 自分が何したかわかってる!?」

「腹が減ったら飯を食うだろ」

「わたしは家畜か!!」

「似たようなモンだろ」

「はああああ!?」


 激怒、と表現するのが正しいマリアの態度に、フランツは眉を顰めた。別にマリアが怒ったところで恐くもなんともないが、高い声できゃんきゃんと喚かれるのは頭に響く。

 何をそんなに怒ることがあるのか。五体満足だし、見る限り大きな怪我もしていない。自分にしては随分と気をつかってやった。

 殺すこと。奪うこと。犯すこと。それらは当然の欲求で、人間だってやっていることだ。


「ねぇ。フランツは、わたしのこと、その……好きなの?」

「……はァ?」


 斜め上すぎる質問に、フランツは何を言われたのか理解できなかった。

 そんな言葉は生まれてこの方一度も使ったことが無い。

 フランツの反応から、期待した答えでないことはわかったのだろう。マリアは再び喚いた。


「じゃなんで抱いたの!?」

「腹が減ったから」

「~~~~っもう……!」


 これ以上は意味が無いと思ったのか、マリアはぐったりとしたように肩を落とした。


「わかった。もういい。フランツは、あれね。常識とか、そういうの、ごっそり抜け落ちてるのね」


 そもそも悪魔にそんなものは無い。マリアは、いまいちフランツが悪魔であるということを理解していない。比喩か何かだと思っている節がある。


「いいわ。わたし、フランツはわたしのこと好きなんだ、って思っておくから」


 何を勝手なことを、とフランツはマリアを睨んだ。しかし彼女は、あの無邪気な笑顔を浮かべていた。何やら毒気が抜かれて、フランツは反論を止めて溜息を吐いた。




 それからフランツは、度々マリアの元を訪れるようになった。普段は地上で好き放題暴れて、たまに気まぐれに姿を消す。

 行方をくらますフランツを不審に思った天使たちは、彼の行動を監視した。

 そして、突き止めた。次元の狭間に存在する、異空間を。そこに滞在する、マリアのことを。


「このような場所があったとは」

「我らだけでは越えられぬ」

「ここは我らの管轄ではない」

「しかし彼女は利用できるのではないか」


 大鏡を囲って口々に議論する天使たち。それを黙って見下ろしていた神が、おもむろに口を開いた。


「私が行こう」


 神の発言に、天使たちはざわついた。


「なりません!」

「神が直接出向くなど」

「万が一のことがあれば、世界が崩壊します」


 何者にも害されることのない神だが、悪魔だけは別だ。悪魔だけが、神を殺せる。神ならばあの空間に入ることができるが、だからと言って、送り出せるわけがない。


「私が手を下すわけではない」


 神が手を翳すと、ぼうと光が灯って、徐々にそれが剣の形を成す。

 真白な鞘と柄には、金の装飾が施されていた。


「彼女に、殺してもらおう」

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