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「アカデミー賞視聴数、過去2番目」

あのさあ、すらあっーしゅさん鬼の首をとったかのように勝ち誇らなくても…。どーも。せみころーんさんですー。とてとてとてとて。


ころーんさんはトレーニングマシンに乗ってトレーニング中で、なんの関心もないみたいですね。


これはアカデミー賞が悪いってのもあるんですが、映画ってジャンル自体に問題があるんですよ。


そもそも視覚芸術は誰のものかという話です。


かつてスマートフォンもなければインターネットもなく、電気楽器すらない時代というのがあったんですね。


そのころですね、映画には音がついてなかったんです。サイレント映画ってやつ。


そのサイレント映画にピアノで伴奏とか、ヴァイオリンで伴奏とか、あの手この手を使って音出しをしてたんです。音出しをするのはもちろんクラシックの音楽家さんですよ。


世界初の映画音楽の作曲家カミーユ・サン=サーンスは、どっちかというと保守派の作曲家ですが、今の時代に照らし合わせると久石譲とかのポジションになるでしょう。


純音楽や現代音楽では勝てないので野に下るという概念が、1908年に初めて成立したんです。


そっからですね。


「勝てなきゃ野に下ればいいのか」ってアイデアで、映画音楽はどんどんと野に下る音楽家の大部屋になっていきました。


コルンゴルトはその典型例です。


ソビエト連邦では野に下るという概念がなかったため、バッハを電子音で編曲すればいいだろうという解決を出したのです。


これも、どうしてこんな編曲にしたのかはよくわかりませんが、お金がなかったので苦肉の策だったのかもしれません。商用音楽へダウングレードした西洋音楽を使うのは愚かだ、という発想があったかもしれません。


映像に音をつけるという行為は、どこまでもエスカレートしていき、パゾリーニのように「無関係につけるのが面白いんだ」という人まで出てきます。


となりますと、そこの立ち現れるのは一種の無法地帯です。


無法地帯に評価基準は存在しません。良いか悪いかは勝手に誰でも決めることが出来ます。


それならですね。


映画の賞とはなんぞやという話になります。


「シンドラーのリスト」のように全くのフィクションでも大ブレイクすればいいのです。すでに歴史学者はどこが間違っているかを完全に解き明かしています。しかし、大衆がその解き明かした論文を見ることはありません。一部の人、そう、すらあっーしゅさんみたいな人だけです。


「彡/(゜)(゜)<ふつーのひとは、あってるか間違ってるかはどーでもえーのや。カネが儲かるかやっ!」


まさにそれです。


儲かれば嘘をついてもいいのです。


それならアカデミー賞だろうがベネチアだろうが、どこの映画賞でも大なり小なり評価基準は劣化するのが当たり前です。そのうえ少子化ですので俳優はもっと食べられなくなっていきます。


日本では2019年にデビューした声優さん一人が最後で、そこから新人は誰もデビューしていないみたいです。なんだか相撲の世界と一緒になってきました。


(うぃーんうぃーんうぃー・・・)


(たったったったった)


はいどうぞ。


(ふきふきふきふきふき)


はとむぎ茶を置いといたよ。


(んぐんぐ・・・・)


ころーんさんは冷ややかですね。


「(゜~゜:)<とにかくね、映画はお金がかかりすぎるんですよ」


時代に合わない。


「(゜~゜:)<いまに、映画は完全にヴァーチャルになるんじゃないですか」


そうですよ。


ぜーんぶAIがつくってっちゃう。


映画用AIの選手権なるものが出来て、大衆はそのAIで勝手に自分用の映画を作る時代になるんでしょうね。


そうすると、もうアカデミー賞なんてのもなくなるのかもしれない。アカデミーAI賞とかに変わると。


それはそれでおもしろいですね。


「(∅)<人類が、映画で表現するのは面倒くさいと思いだしてきた」


これですよ。


面倒くさいという感情には誰も勝てないでしょ。


ピアノソロとか、ヴァイオリンソロなら、練習して終わりです。もちろんピアノやヴァイオリンを習得することにはお金がかかりますが、映画程かかりません。


けれどもですね。


映画は「カーット!」とか、多くの人間が必要でしょ。多くの人間が話をしあって芸術を作ることが、国際的にも忌み嫌われてきているんです。


「パラサイト 半地下の家族」のようなアカデミー賞受賞映画だって、日本のお客さんには受けないばかりか嫌われてしまいました。それはなぜかというと、「韓国はこんなにすごいことをしているんだ」という誇示が日本人にはウザく感じられるからです。


自分たちよりも後進的な地位にいる民族が「(*^◯^*,)<ぼくたちこんなにすごいんだ!」といって乗り込んでくると、乗り込まれた人はどう思うのでしょうか。


かつてドイツのダルムシュタットに日本人が数人ほど乗り込んできたときも、西洋人は内心どのように感じたのでしょうか?日本人の弟子を持っていたヴォルフガング・フォルトナーは珍しがっていたかもしれませんね。


クラーニヒシュタイン音楽賞の日本人初受賞は1972年で、ダルムシュタット講習会が始まってから26年です。


追いつけ追い越せが終わった時に、初めてそのメディアの正当性が問われるのですが、「賞の対象になる映画」は残念ながらその使命を終えたようです。

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