個性の成熟はファンが作る?
だれーもやりたがらんのですらあっーしゅさんだよー。
アメリカの作曲家のジョージ・クラム亡くなる。随分と長い芸歴で76年か。76年も出来たんだしねえ。最近では珍しいなあ。
もう亡くなる3-4年前から何もしてませんってのが普通やけんど、クラムは生涯現役なもんでって、最後の最後までペンを取った。
というと、聞こえはええんや。
しかし、やね。
クラムさんの作風もう、1970年代からなーんも変化してなくて、増幅ピアノのための変容I&IIも、まーったくいっしょ。
これはエリオット・カーターとかわらん成熟の仕方なんよね。カーターも1960年代に60-70段で極めちゃってから、もうそのまま。いっしょや。
でなあ。
ほれ、ピアノのための変容I&IIが届いても、他の語り部はなんもいわんのよ。エリプシ様も「つかつかつか」って足音だけで。こんな完全無視あかんやん。
せみころーんのやつがやな。
「(。・_・。;)<50年変わってないし、別に亡くなられたと言われても、あー完全燃焼ですねーって」
おいごらあこそなかったものの、50年変わらないと言われると何もいいかえせん。
豆腐屋は豆腐と言わんばかりの作風。
どうしてこうなった?
ジョージ・クラムは全年代に作品があるようで、1990年代は作品が激減しとる。これは結構アメリカでも話題になった。
アメリカも現代音楽の需要が進み、ヨーロッパから作曲の教授を招聘するようになると、クラムの神通力もあんまきかんようになってきた。
クラムが「所詮最初からはったりの作曲家なので、作風が進歩することなどない。和音入れて、同音連打入れて、内部奏法ぽちゃー。こんなんばっかやったらそらあきるわ」とは、俺のおとんしああぷね。
俺は作曲家でもあるので夕食時でも強硬に抗議した。
「彡/(゜)(゜)<んなわけあるかっ!マクロコスモスなんかなんぼでも弾けるピアニストが出てくる。どうせ誰もできへん(ぴーーーーーーー)とか(ぴーーーーーーーーー)とちがうやろっ!」と。
そしたらな。
「(#´_J`)<(ぴーーーーーーー)のほうが国際的な評価は高い。なんでや?」
「(#´_J`)<はったりじゃない奴は、国際的な評価という点で不動になるんや」
「(#´_J`)<時代とともに『はったり認定』をうける犠牲者が出てくる」
この、はったり認定、というのは極めて恐ろしい。世の中の価値観は10年そこいらで変わるため、どんなに面白いことをしても「こういうのおったねー」ってのがはったり認定なんやな。
作品全集もカーターと同じでBridgeではじまった。
クラムさんは最初、なんの変哲もない新古典主義やで。今では学生の定番になった「無伴奏チェロ・ソナタ」も別にどうってこともない。後年の特殊奏法ぽちゃーにちかいムードはあるが。
クラムの頂点は誰がなんと言おうと、Star-Childやけど、これ、誰も生で聞いたことないやろ。俺もきいてへんわい。
このStar-Childは複数人の指揮者を使ってオーケストラを分割しましたーって流行の頂点にあるんよ。初演メンバーにブーレーズもいた。まだニューヨークにおったし。
でもね。
セクションをよく聴くと…
これ、やっぱ新古典主義やん。23分頃とか。
音群散らしもヘンリー・ブラントには負けるし、どっちかというと、これは吹奏楽でやることやろ。オーケストラではなくてね。
音程も完全5度の連続で、最初は興味を引くけど、曲が進んでもずっと5度のまんまーなもんで、長いなーって。
クラムは、時代に取り残されてしまったんよね。ナンカロウ、バビット、カーター、ウォーリネンぜんぶそやろ。アメリカ大陸で活躍する作曲家はこういうのが多い。
マクロコスモスはどこに行っても聴けるし、田舎の楽譜屋でもペータースやもんやから、一冊放置されてそのまんまーとかあるんや。それで知って、どうしてもクラムさんに新曲をーってのはあるらしい。
固定ファンはうなぎのぼりで、大学を退職しても次から次へと室内楽を量産するが、出てくるネタはみんな一緒。
A Prophecy Of Nostradamusで三和音を連打しとるんも、1970年代は強烈に効いたが、2020年代の今聴くと、それ、ふつうやんって感じ。
どうしてプロの超一級のネタが「ふつうやん」になるんや。
クラムはカーターと一緒で、最初から「大学の研究者」やったのかもしれんのね。
最近実名はだせんが、話に全くならないどあほの大学職員が作曲するようになった。
でも、こいつらの生活様式に似ていることは事実なんよね。
作品の委嘱代で生活するのではなく、大学からの給料で生活する。それが悪いことではないんやが、大学からの給料やとね、作品も牙が抜け落ちていくんよ。最後はフガフガになってまう。
死の直前まで1/16音ピアノで勝負したバンキャールとか、交響曲第9番の未完の楽譜があったティシチェンコに比べると、覇気という点では見劣りする。
研究者の研究発表やったと考えると、クラムの作品の推移も理解できるような気がする。最初は新古典主義で空気を読み、1970年代の多様式主義で一発当てて、もうそれっきりー。
最近の若手作曲家が何もあたってないのに比べたら、まだマシやろ。
この「まだマシや」に、溺れてしまったのかもしれん。んじゃ(ぶつっっっ)。




