オカルトマニアのぼくっ娘と陰キャオタクな先輩のラブコメホラー(仮)
本物の心霊写真なんて存在しない。そんなふうに考えていた時期がぼくにもありました。
○登場人物
ぼく:本作の語り手。カメラ片手にオカルト蒐集や謎解きに情熱を燃やす変人。撮影にはこだわりを持っており、心霊写真にはちょっとうるさい女の子。
先輩:アニオタにして学園随一の秀才で、”ぼく”の謎解きに協力する。重度の懐疑主義者で、「この世には信じられるものなど何もない」という信念を唯一信じている。
「今週も大漁大漁〜♪」
不可思議蒐集家であるぼくのメールアドレスには、学園の内外から不思議な出来事、怖い話についてのメールが送られてくる。
その中でもぼくが楽しみにしているのは”心霊写真”だ。
カメラ趣味のぼくは、実のところ心霊写真とか恐怖映像にはちょっとうるさい。
毎週金曜日の放課後は、その週に投稿された心霊写真についての検討会を先輩と一緒にするのがお約束になっていた。
「ごきげんだな」
ここは学園の図書準備室。ぼくと先輩の謎解きの拠点だ。
先輩は気だるそうにライトノベルを読みながら、ちらりとぼくを見て言った。
「そりゃそうですよ、心霊写真ってやっぱり王道というかロマンじゃないですか!」
「そうかねぇ……俺にはイマイチ、そのロマンってヤツがわからないが」
「さてさて、今週も検討していきましょう!」
「聞けよ」
こうしてぼくと先輩の心霊写真検討会が始まった。
「さーて最初はどんな心霊写真ちゃんかにゃー?」
ぼくはノートPCで投稿者からのメールに添付された画像を開く。
まずは一枚目。こんな文章が添えられた写真だ。
『友達とスマホで撮影したら変なモノが映り込みました。これは、霊魂じゃないでしょうか?』
「オーブだな」
「オーブですね……」
なんてことはない、高校生が数名写っている普通の仲良し写真だ。
唯一普通じゃないのは、高校生たちの周囲に赤や緑に光る球体――所謂”オーブ”が浮かんでいるという点だった。
「はぁー」
ぼくは露骨にため息をついた。
「今どきオーブだけですか? ボツですボツ」
「露骨にテンションが下がったな」
「オーブってもう科学的に解明されているっていうか、カメラマンなら常識レベルの現象なんですよねぇー。ロマンがありません」
「科学、ねぇ」
先輩は写真を覗き込みながら顎に手を当てて考えを巡らせる。
「人魂、霊魂、鬼火。この手の”火の玉系”オカルトは確かにどこにでもありふれてる気がするな。オーブもかつては、人の魂が現世をさまよっているみたいな風に解釈されていたと思うが……」
「そんな解釈もう古いです!」
ぼくは先輩の話をピシャリと否定した。
「オーブは空気中の埃とか水蒸気みたいな浮遊物に、光が反射して写り込んだものです。小型のデジカメなんかは特にレンズとフラッシュの距離が近いので、こういうオーブが発生しがちなんですよ。あと、この人たちは夏服を着ていますよね。オーブはその原理上、湿度が高いほうが発生頻度が高いんです。日本の夏は高温多湿、もう結果はわかりきってるじゃないですか」
「ま、この件はお前の説が正しそうだな。にしても普段オカルトに飛びつきがちなお前がなんで心霊写真にはそんなに厳しいんだよ?」
「大好きだからです! だからこそ、半端なモノを心霊写真と認めるわけにはいきません!」
「さいですか」
先輩はぼくの勢いについていけず、辟易しているようだった。
とはいえ先輩の意見など聞かず、検討会は次の写真にうつった。
二枚目には、こんな文が添えられている。
『隣町の××墓地で夜中に肝試しをしているときに撮影しました。参加した我々全員が目撃しただけじゃなく、写真にもバッチリ収めました! これは間違いなく人魂です!』
「また火の玉系かよ」
先輩はうんざりしたように吐き捨てた。
「でもコレは目撃証言もありますし、オーブの発光とは違いますよ?」
オーブは目撃はされないが写真に写り込むモノ。
だけどこの写真は違った。
闇夜の墓地、人は映っていないけどたしかに浮遊する光の球体のようなモノが収められている。明らかに、この発光体を目撃した上で撮影された写真だ。
「これは確かに……人魂とか霊魂とか、鬼火とか狐火みたいなモノなのかもしれません……」
ただのオーブの写り方とは違う上、目撃者もいる。
これはぼくとしてもなかなか点数が高い心霊写真だった。
だけど今度は先輩が反論した。
「”セントエルモの火”だ」
「え? なんですか?」
「写真に関する知識はあっても、こういうことは知らないんだな……」
先輩はボサボサの頭をカリカリと掻きながら説明を始める。
「簡単に言えば、悪天候の時に船のマストの先端が発光する現象のことだ。かつてイタリアに向かう船が嵐に見舞われて、転覆の危機に陥った。船員が神に祈ると、船乗りの守護聖人である”聖エルモ”が応えてくれたかのようにマストの先端が光り、無事に嵐を乗り切ったって言い伝えがある」
「海外版の火の玉現象ですね」
「その正体は静電気のコロナ放電だ。尖った電極周囲の電界が乱れ、太陽の周囲を覆う層――コロナのように発光する。ぼうっと、浮かび上がるようにな」
「それとこの火の玉と、何か関連あるんですか?」
「火の玉現象ってのは、セントエルモの火のように、科学的に説明がつき、実験での再現性がある物理現象の可能性が高いってことだ。一説には、多くの火の玉現象はプラズマによるものと言われている」
「プラズマ? あの、プラズマテレビのプラズマですか?」
「まあ……プラズマテレビは廃れたが――そうだな。プラズマの原理ってのは、俺も詳しいわけじゃあないから説明は難しいが。具体的に言うと火とか雷、オーロラみたいな発光を伴う自然現象もプラズマなんだ」
「加えて」先輩は続けた。
「そもそもただの発光現象に、この投稿者が人間の魂とか心霊を結びつけるのはなぜか? 単にロケーションが墓場だからってだけのことだ。仮にネオンや街灯に溢れた繁華街で火の玉現象が発生しても、対して怖くないし注目なんてされない。ってか、他の光源にかき消されて気づかないだろ」
「なるほど……」
「とはいえ、プラズマ説も全ての火の玉現象を説明できるかはわからないんだがな。人魂なんて存在しない、なんてのも悪魔の証明だからだ」
「うーん、確かに言われてみれば……」
納得はいかないけれど、先輩の言うことには説得力があった。
ぼく的にはポイントが高かったけれど、とりあえずこの火の玉写真については結論保留ということにした。
「さあ、気を取り直して三枚目です!」
「まだ行くのかよ」
「もちろんです、今週は四枚も届いてますから!」
というわけで次の写真だ。三通目のメールを開く。
『ラーメンを食べに行った時、友人を撮影したものです。彼の背後の暗くなった部分に、人の顔のようなモノが写り込んでいます。後から聞いたのですが、このラーメン屋の近くでこの前交通事故があったみたいなんです。もしかしてこれは、事故にあった人の霊が写り込んでしまったのではないでしょうか?』
みてみると、確かに一見、和気あいあいとした雰囲気の写真だ。
笑顔でラーメンを啜る男子の姿が大きく撮影されているけど、その背後――木製の壁の端、少し影になった部分に人の顔のような者が写り込んでいる。
「人の顔、交通事故……コレは確かに、心霊写真かも……」
ぼくがそうつぶやくと、先輩は冷静に言い放った。
「パレイドリア現象だ」
「ど、ドド○アさん?」
「フ○ーザ様の部下のことじゃあない。パレイドリア、だ。無秩序な情報や刺激に対して、人間が何らかの秩序を与えようとする心理現象だ」
「へ、はぁ……?」
ぼくが頭上に大量のはてなマークを浮かべていると、先輩は顎に手を当ててゆっくりと説明を始めた。
「前に、『帰り道に特定の場所で母親が自分の名前を呼ぶ声が聞こえる』という依頼を調査したことがあったよな」
「ああ、ありましたね。先輩はその時”カクテルパーティー効果”だって説明してくれました」
ぼくはそう返答しつつ、あまり思い出したくない出来事を思い出してしまっていた。
あの調査の後、ぼくは死ぬほど怖い目にあったのだ。そのことは先輩にも誰にも話していないけれど――これはまた、別の話。
とにかく、先輩は話を続けた。
「雑音の中から特定の音を聞き取るのは”カクテルパーティー効果”だが、無秩序な聴覚刺激の中から意味のある言葉を拾い上げてしまうのが”パレイドリア”の働きだ。この場合は、関係のない音の集合体から、都合よく自分の名前だけを聞き取ってしまうという心理状態を言う」
「つまり……写真の中に顔が見えるのもそういうことなんですか?」
「ああ、こういうケースでのパレイドリアは、シミュラクラ現象とも言われるが。名前はどうでもいい、とにかく人間は3つの点があると人の顔に見えてしまうんだよ。インターネットでも顔文字があるだろ、あんな単純な記号の配置でも人の顔に見えてしまうほど、人の脳は顔を認識しやすいように働くわけだ」
「と、いうことはこの写真の場合……」
「背後の壁が木製だ。木の表面の模様が3点、逆三角形に配置されているから、一見人間の顔のように見えてしまう。まして少し影がかかった場所だからな、暗がりで撮影者を見つめる顔に錯覚してもおかしくないだろう」
「なるほど……」
そう説明されてから三枚目の写真を見直す。
確かに、影になっていてわかりにくいけどよーく見ると二つの目と口――三点の要素が木目によって構成されているのがわかる。
「あー……そういうことなんですね。でも投稿者はラーメン屋の近くで交通事故があったって……」
「2839人」
「はへ?」
「2020年の交通事故による死者の数だ。人口10万人に対して2.25人、この数が多いと思うか少ないと思うかは人それぞれだとは思うが……交通事故自体は珍しいことじゃあないし、ラーメン屋の近くでたまたま起こっても全くおかしくないと思うぞ」
「事故と写真は無関係で、投稿者が勝手に結びつけた、と……」
まったく先輩の言うと通りに思えてぐうの音も出ない。
三枚目も期待はずれだったなぁ、と思いつつ気を取り直して今週最後の一枚に移った。
四通目のメールを読む。
『普通に風景を撮った写真なのに、全体が赤くなって変な影が写り込んでしまいました。よく見ると台か秤のような形をしていて、気味が悪いです。どうかこの謎を解いてください』
「あちゃー」
ぼくは文面を読んだだけで落胆した。
先輩は怪訝そうにぼくを見る。
「どうしたんだよ、見る前からそこまで言うなんて」
「だってこの文面でわかりますよ、”アステカの祭壇”でしょうどうせ。開く価値すらないですって」
「お前がそこまで言うなんてな。”アステカの祭壇”ってなんなんだ?」
「心霊写真愛好家の間では有名なオカルトなんです。その真相も含めて、ですけど」
ぼくは息を吸い込み、説明を始めた。
「最近、テレビで心霊写真を扱う番組が減ったと思いませんか?」
「そう言われれば、そうかもな」
「その原因として、この”アステカの祭壇”という話が考えられていた時期があったんです」
「ほう」
「まずこの都市伝説の内容なんですが。一昔前、普通に地上波の番組で心霊写真特集みたいなものが頻繁にあった時代のことです。ある番組が今回の依頼文にあるのと同じような、全体的に赤みがかっていて、中心に”台のような影”が写り込んだ写真を紹介したんです。それ自体はなんてことはなんてことはない写真だったんですけれど、問題はその後でした。テレビ局に『なんて物を放送するんだ』とか『あの写真は二度と扱わないほうがいい』という電話が殺到したんです」
「ふム、キナ臭いな」
「しかも、その後にテレビ局には台や秤、壺のような影が写り込んだ写真が殺到したんですよ。全然違う地域、違う撮影者、違う時期の写真なのに。写り込むモノが共通していたんです。テレビ局が番組のために雇っていた心霊写真の専門家も、この写真は『本当にヤバい』とだけ言い残してその後は連絡を絶ってしまったとのことです」
「……」先輩は何か顎に手を当てて考え込んでいた。
ぼくは構わず説明を続ける。
「その後、オカルトマニアの間ではこの一連の写真群は”アステカの祭壇”なんじゃないか? という仮説が広まることになりました。見たら呪われる、だなんて尾ひれまでついて」
「アステカの祭壇、か。アステカ文明は太陽神を信仰していて、当時は生贄文化もあったというが。おおかた、その台や壺を”生贄を捧げる祭壇”や”生き血を溜める壺”だと解釈したってトコロか?」
「さっすが先輩、お察しの通りです」
「いかにもお前が好きそうな説だが、そのわりには嬉しそうじゃあないな?」
「そうですね……結局霊の写真群って、アナログカメラの現像に失敗しただけなんです。オカルトマニアじゃなくてカメラマンならみんな見ればわかるレベルのことですから」
ぼくがそう告げると、先輩はさすがに驚いたように目を丸くした。
「そうなのか?」
「ええ、フィルムを中途半端に感光させると、こういう赤みがかった写真を現像できてしまうんです。台形とか壺型に影が浮かび上がっているのは、現像時に写真を押さえつけるクリップの形なんです。なんなら人の手で似た写真を作れますよ。ぼくが小さい頃、お父さんが現像室で再現してくれたから間違いありません」
「なるほど、再現性のある物理現象ってワケか」
「そうです、わかってみればなんともロマンの無い話ですよね」
ぼくは長い説明に疲れてふぅ、とため息をついた。
そして言った。
「結局、テレビでこうした心霊写真を扱わなくなったのはカメラの主流がデジタルカメラに移行したからなんだと思います。コンデジが普及してオーブは撮影されやすくなりましたけど、オーブの原理はアステカの祭壇よりもっと簡単ですからね……やっぱり、本物の”心霊写真”なんてこの世にはないのかもしれませんね……」
今週も、結局ホンモノの心霊写真は見つけられなかった。
ぼくはカメラ好きとして、オカルト好きとして、ホンモノの心霊写真に出会いたいと思っている。けど、なかなか道は険しそうだ。
完全にあきらめムードなぼく、だけど先輩はいまだに顎に手を当てて何かを考え込んでいた。
「先輩?」
「確かに……お前の説明自体は正しそうに思える。だが……」
「何か引っかかるんですか?」
「……いや、なんでも無い。もう下校時間だ、帰るとするか」
こうして収穫のないまま今週の活動は終わった。
ぼくらは校門の前で別れた。
その時、先輩がぼくに突然こんな質問をした。
「なあ、もしも本当にヤバい心霊写真を見つけたとして……それを見たら呪われるとしたら。どうするつもりなんだ、お前は」
「え……どうって……出会ってみないとわからないです」
正直に答える。
先輩はじっとぼくの顔を真剣に見つめて言った。
「あまり深入りしないほうが良いこともある」
「え――?」
先輩の不可解な言葉の意味はわからなかった。
結局ぼくはその日、何事もなく帰宅した。
そして、それは夜に起こったのだ。
☆ ☆ ☆
ご飯を食べて、お風呂に入って、パジャマを着て、ベッドに飛び込んだ。
平日の終わりの開放感に浸って、そのまま眠ろうとしたその瞬間だった。
ぼくの脳裏に先輩の考え込む顔が浮かび上がってきたのだ。
最初ぼくは、「なんで寝る前に先輩の顔が思い浮かぶのさ!? そんな意識してるとか――あるわけないじゃん! まるでぼくが先輩のコト――!」なんて青春ラブコメみたいなコトを考えてしまったけど、本質はソコじゃなかった。
ぼくもひっかかっていたのだ。
先輩は何故、あの”アステカの祭壇”のメールに対してそこまで考え込んでいたのか。
何か違和感を覚えていたに違いない。ではその違和感とは?
そして寝る直前になって、ぼくもピンとひらめいた。ひらめいてしまった。
「デジタルデータだ……!」
そう、”アステカの祭壇”はアナログカメラの産物だ。
フィルムを現像する過程で生まれたモノ、だったらデジタルカメラやスマホのカメラでは”アステカの祭壇”は撮影できない。
現代に新しい”アステカの祭壇”が現れないのはそういうコトだし、心霊写真特集だって新たな心霊写真が生まれないから減ったのだ。
なのに何故――。
何故――ぼくのメールドレスに”アステカの祭壇”を添付したメールが送られてくる? 電子データでは存在し得ないその写真が、何故……?
「確かめなきゃ……」
ぼくは好奇心を掻き立てられ、パソコンを立ち上げた。
「アナログ写真をスキャナで取り込んだモノや、フォトショで編集したモノならちゃんと検証すればぼくならわかる。カメ子の目をごまかせると思うなよ……」
そんなふうにブツブツとつぶやきながら、メールボックスを開いた。
メールの文面は開いたけど、”アステカの祭壇”とわかった時点で添付データは開いていない。
このデータを開いて、画像を検証すれば疑問への答えはでるハズ……。
その時、一瞬マウスを操作する手が止まった。
『あまり深入りしないほうが良いこともある』
脳裏に、別れ際の先輩の言葉が浮かび上がってきた。
なんで今、こんな時に?
「……っ!」
ぼくは震える指を無理やり押し込んで、添付データをクリックした。
画面いっぱいに写真が展開される。
それは、なんてことのない普通の風景写真だった。
全体が赤みがかっていて、中心に台のような形の影が浮かび上がっているのを除けば。
「ふ、ふふーん。やっぱりじゃん。フツーに作れる写真だし」
べつに、それ単体では怖い写真ではない。
細部を観察する。拡大しても、アナログ写真のスキャンデータだったり、編集ソフトで改変済みの画像には見えない。
デジカメで直接撮影した写真のように見える。少なくとも、ぼくの目にはそう見えた……。
「どういうこと……? デジカメで”アステカの祭壇”は撮影できないハズ……」
その時だった――ぼくのメールボックスにメールが届いた。
見たことの無い差出人からだった。
本文は特に無く、ただ撮影場所と投稿者名、撮影時間だけが記載されていた。
添付データを開くと、それもなんの変哲もない風景写真だ。
全体が赤みがかっていて、中心に壺型の影があることを除けば。
「っ……なん、で……?」
それを皮切りに、次々とメールボックスにポップアップしてくる新規メール。
どれも同じだ、全く別の差出人、アドレス。
中身は撮影場所と投稿者名、撮影時間だけが記載されている。
そしてどれもが、”アステカの祭壇”が写し出された電子データだった。
「う、うそ、止まらない……なんで……やだ……」
ぼくはいつの間にか、自分の手が止まらなくなっているとに気づいた。
自動的にマウスを動かして、クリックしてメールを開き、添付データを開く。
その作業を何度も何度も繰り返していた。
そのうち、送られてくるメールのアドレスや本文が変化してきていることに気づいた。
『謌代?螟ェ髯ス逾槭?よ?縺梧ー台ココ繧貞ュ倡カ壹○縺励a繧九◆繧√?∬凶縺冗セ弱@縺?・ウ縺ョ逕溘″陦?繧呈園譛帙☆繧九?』
「も、文字化けしてる……!?」
読めない。文字化けしているのだ。
アドレスも、本文も、差出人も。何もかも、全部。
なのに手が勝手にどんどんメールも画像も開いていく。
とまらない、とまらない、とまらない、とまらない――!
「そんな……なんで……いや……っ、やだぁ……」
半べそをかきながらも、ぼくの手は止まらない。
身体も動かない。
何度も何度も画像を開き、そのたびに新たなメールが届く。
そしてついに、画像自体も変化してきているのに気づいた。
赤みがかった風景写真の中心、台形の影の中に……何か、顔みたいなモノが。
「ちが、コレは……顔じゃない! 顔じゃない! 顔じゃない!」
祈りみたいに繰り返した。
先輩は言った。”パレイドリア現象”だ。
人間の脳は、3つの点があるだけで人の顔だと認識する。
それだけだ。
顔じゃない顔じゃない顔じゃない顔じゃない。
そう念じつつ、どんどん画像が開かれてゆく。徐々に祭壇の中心に浮かぶ顔の陰影が濃くなり、なんとなく顔に見える――という状態からもっと明確に判別できるようになっていた。
どのくらい明確なのかというと、その顔が誰の顔なのかわかるくらいだった。
「こんなのもう……錯覚ってレベルじゃない……」
ぼくは。
ぼくは。
ぼくは、見てしまった。
わかってしまった。
その顔が何なのか。誰の顔なのか。
次々送られてくる大量の”アステカの祭壇”の写真の中心に写り込んだ顔が、誰の顔なのか。
「これは――ぼくだ」
認めてしまった。
「この顔は……ぼくの、顔だ……」
そしてその事実を認めてしまったぼくの身体が突然何かに羽交い締めにされた。
何かはわからなかった、けど見えない何かに持ち上げられるような感覚だった。
椅子から強制的にベッドに身体が放り出される。身体が重い。何かに覆いかぶされているように。抵抗したいけどできない。
「う……なに……なんなの……?」
いつの間にか部屋の電灯は消えていた。
暗い部屋の中で、PC画面の青白い光だけがうすぼんやりとぼくの視界を照らしていた。
そしてついに、ぼくの目にもそれが視えた。
「……っ!?」
フクロウ――?
それは、巨大なギョロリとした目玉を持つ”何か”だった。
一見フクロウに見えるけど、ぜんぜん違う。身体は人型だ。
ぼくをベッドに押さえつけて、のしかかっている。
『我――太――神――ガ民人ヲ存続セシメル――若ク美シ――ノ生キ血――所望ス――』
そいつが何かブツブツと言っていたけど、何を言っているのかは聞き取れなかった。
息が苦しい。
身体が重くて動かない。
やがてそいつの黒くてほっそりとした腕がぼくの首をなでた。
冷たい、生物の体温を感じない。陶器のようだった。
ゆっくりと、指がぼくの首の周りにまとわりついて、そして。
『捧ゲヨ――』
気道を締め付けていった。
「うっ、ぐ……うぅ……せんぱっ、たすけ……」
徐々に意識が遠のく。
ダメだ、フクロウの怪物に首をしめられて、ぼくは殺されるんだ。
このベッドは血に染まって、きっとぼくは太陽神に捧げられる生贄となる。
「っ……ぁ――」
☆ ☆ ☆
「ちょっと、今何時だと思ってるの!?」
バン、と勢いよくぼくの部屋の扉が開いた。
「っ――はっ!?」
「あんたねぇ、夜中に叫んだりして何考えてんの?」
「え、あ……お母さん……?」
ぼくはまだ、ベッドの上にいた。しかも、生きてる。
「フクロウは……?」
「フクロウ? 何言ってんだか。明日は土曜だけど、夜ふかしせずにさっさと寝なさいよ」
お母さんはプリプリ怒りながら扉を閉めた。
何が、起こったのだろう……。
ぼくはベッドから身体を起こした。
身体は、少し緊張して心臓がドキドキしているけど、見たところどこにも外傷はなかった。
PCは……起動してある。特に怪現象が起こっている形跡はない。
ぼくはPCデスクに座り、メールボックスを開いた。
大量の文字化けメールが送りつけられた形跡もない。全て、跡形もなくなくなっていた。
何より決定的な事実として、ぼくはあの”アステカの祭壇”の写真の添付データを開いてすらいなかった。添付データを開いてからのあの体験は、全て夢だったのだ。
「夢、だったんだ……さっきのは、金縛り現象かぁ」
金縛りにも、科学的な裏付けがある。
身体が寝ていて意識が起きている時、身体が動かないまま人の脳は怖い夢を見てしまうモノなのだ。
ぼくの恐怖体験が単なる金縛りだったことに安堵しつつも、少しがっかりもしていた。
「あーあ、やっぱりホンモノの心霊写真なんて……ない、よね」
でも。
思ってしまう。この添付データを本当に開いたら――。
そこには、何が写っているのだろう?
だけどその疑問は、頭の中に残る先輩の声にかき消された。
『あまり深入りしないほうが良いこともある』
「……深入りは、やめとこっかな」
ぼくは結局、添付データを開かずにメールをゴミ箱に移動することにした。
念には念を入れて、ゴミ箱内のメールも全削除しておいた。
これでさっきの悪夢と同じ展開になることはないだろう……。
「ふぅー、もう一眠りしようかなぁ」
というわけで、ぼくは部屋から出て洗面所で顔を洗っていた。
悪夢のせいか顔が汗だらけで気持ち悪かったからだ。
ばしゃばしゃと冷水で顔を流して、タオルで拭いた。
「スッキリスッキリ――っ――?」
その時、ぼくは気づいた。気づいてしまった。
鏡に映る自分自身の姿。
ぼくの首のあたりが赤くなっていることに。
痛くはない、傷はついていないけど、それでも……細い指が首周りを覆うような”赤い痕”が残されていたのだ。
「……」
無言で部屋に戻ったぼくは、無言でスマホを取り出し、電話をかけた。
深夜零時だけど、出てくれるだろうか。
出てくれるだろうな、だってこの時間帯から――深夜アニメの放送があるのだから。
『なんだよ、こんな夜中に』
「あーせんぱい? 用があるってワケじゃないんですけどぉ、せんぱいの声が聞きたくなっちゃいました♡」
『はぁ、何言って――』
「今夜、先輩の好きなアニメが放送されますよね。通話しながら見ませんか?」
『まあ、そういうコトなら……』
「ふふっ」
『なんだよ、急に笑って。気味悪いヤツだな』
「いいえ、先輩とこうして夜中に長電話するの憧れてたんです。青春っぽくないですか?」
『深夜アニメを実況する青春がどこにあるんだよ』
「あははっ! ……ありがと、せんぱい」
『ん――何か言ったか?』
「なんでもないです。さあ、朝まで耐久長電話がんばるぞー、おー!」
『いや、え……? 俺の睡眠時間は……?』
FOLKLORE:アステカの祭壇 END.
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