意外と良い奴なのかもな
「最悪だ……」
俺は学校の玄関から外を眺めてそう口にする。昼休みの終わり頃からポツリポツリと雨の雫が落ちていた。この程度だったら歩いても余裕だろうとタカを括っていた。が、油断した。今は全身を激しく水が打ってきそうなくらい激しい土砂降りへと変わっていた。
「どうしようかな?」
今日は生憎と傘を持ってくるのを忘れてしまった。少々待てば止むのであれば、いくらでも待つけどこの土砂降りの雨を見る限り一向に止みそうな気配はない。仕方がない。濡れるの覚悟で帰るか。そんな事を思っていたら
「あ」と、2人同じ言葉を同じタイミングで発していた。昨日から俺に関わり続けてくる人物、久川奈津。昼間あんな事があったから出来れば顔を合わしたくなかった。なんて声を掛けたらいいか分からない。いや、声を掛ける必要なんか始めからないか。
彼女は俺の姿を認めると気まずそうに目を伏せたままその場に立ち尽くしている。お互い嫌な気持ちになるだろう事は分かってるから俺は、覚悟を決めて玄関から土砂降りの雨の中へと一歩踏み出す。全身を容赦なく雨が打ちつけてくる。
「え?」
そのまま歩いていこうと思ったら左手に柔らかな感触が訪れた。なにかと思い振り向くと久川奈津が俺の手を掴んでいた。
「こんな土砂降りの中濡れたら風邪……引いちゃう」
俺はその顔を見て言葉を失う。彼女の顔が懇願しているように見えたからだ。行かないでと。そう言われてるような気がした。俺は自分だけでなく彼女も雨に打たれて濡れている事に気が付く。
「お、俺だけじゃなく……久川さんも風邪、引いちゃう」
俺がたどたどしく言うと彼女は目を大きく見開く。自分の事を気遣う言葉が投げ掛けられるとは露ほども思ってなかった。そんな感じだった。俺も一体どうしたんだろうな。いつもだったらこんな事、たとえあったとしても絶対言わない筈なのに。
「……も、戻ろう」
俺はそう言って彼女の手を引っ張る形で元来た道を引き返す。玄関入口を通り過ぎると立ち止まる。そして暫く無言でいる。
「……?」
無言でいる俺を不思議そうに久川は眺めている。いやあの、察してほしいんだけど。俺は仕方なく口にする。
「あの……掴まれている形だから、久川さんから手……離してくれないと困るんだけど」
なんだろう? こんな事を言うだけでも照れる。今までこんなシチュエーションなんか体験した事ないから。恥ずかしくなるのも当然なんだけども。
「――っ」
言われて気付いたのか久川は慌てて掴んでいた手を離す。そして俺からそっぽを向く。オレンジ色の髪の間から覗く耳が真っ赤になっていた。その様子を見て俺も恥ずかしくなってくる。いやだって、耳に目を向けたら当然視界に久川の濡れたオレンジ色の髪が見える訳だ。その光景が何故か艶っぽく見えて、結果俺はドギマギしてしまう。
そうしてお互いの間に無言の状態が生まれる。辺りに聞こえるのは部活に打ち込んでいる生徒達の声、くだらない世間話をしている教師達の声、そして大きな音を発しながら地面を打ち付ける雨の音だけが俺の耳に届く。
俺は土砂降りの雨を見ながら考える。今こうして一緒にいる彼女の事――久川奈津の事を。この校内で学年関係なく美人という事で人気の女子生徒。そんな子が昨日俺に告白をしてきた。こんなしょうもない俺なんかにだ。どうして俺なんだろうか? いや罰ゲームなんだから相手は誰でもいいんだろうけど。どうもそれだけじゃないように感じる。それに……俺は昨日の事を思い出す。
『アンタは……誰にでも優しいから』
あの時に見せた笑顔。俺は何故かそれを見て懐かしい気持ちになった。懐かしい? 一体どういう事だ? 俺は彼女と関わるのは昨日が初めての筈なのに……。
「あれ、奈津じゃん……」
俺の思考はその声によってそこで止まる。声のした方へ目を向けるとそこには井上、それから木下がいた。
「香那。それに聖羅も……。まだ学校にいたの?」
久川は気まずそうな声で彼女達に質問を投げ掛ける。まぁそうだわな。こんな所見られたくないだろう。陰キャと一緒にいる所なんて。さて、濡れるの覚悟で再び歩いて帰ろうかと思った時。髪に何かが優しく押し付けられる。感触のあった方に目を向けると久川の顔が近くにあってビックリした。
「濡れたままじゃ風邪引くから。もっと早くに気付いてやってたら良かったんだけど、ゴメン……」
久川はほんのり頬を赤く染めながらそんな事を口にする。そしてあらかた俺の髪を拭き終えると、俺にハンカチを手渡してくる。そのハンカチは濡れていて先程の柔らかな感触はこれかと、納得しながらそのハンカチを見つめる。ピンクの生地を使った可愛らしいまさに女の子って感じのハンカチ。刺繍とか模様は一切ないけど、それを手にしてる俺は恥ずかしい気持ちになる。良かった。鼻先まで髪が伸びていて。顔が赤くなってるのはバレてると思うけどこれで直接目が合ったりなんかしたら色んな意味で心臓が止まる。
「アタシ、香那達に傘入れてもらうから。ゴメン。風邪引かないようにね」
と、久川は本当にすまなそうな顔をしながら言う。俺はその言葉に何も返さない。彼女はそんな俺に2、3度手を振ってから井上達の元へ駆け寄っていく。
「あ」
俺はそこで気が付く。俺の手に久川が渡してきたハンカチが握りしめられままになってる事に。呼び止めようと思ったけど、もう彼女は随分先まで歩いていて、走ればすぐ追いつけるけどこんな土砂降りの中走りたいとは思わない。
「明日返せばいいか……」
俺はそんな事を思いながら久川が渡してきたハンカチを眺める。久川奈津は俺が思っているより意外と良い奴なのかもな。そう認識を改めた。どこか自分と似ているように感じたけど、全然違う。彼女は思った事をそのまま実行しているだけなんだろう。誤解は受けやすいだろうけど、見てくれる人はちゃんと見てくれると思う。
それに比べると俺は思った事を無理矢理押し込めて、自分を誤魔化してばかりだな。そんな自己嫌悪の思いを抱えながら俺は土砂降りの中再び足を踏み出す。




