ムカつく
そして翌日。
「――っ」
俺は朝からリハビリを受けていた。だけど歩く前の段階。立ち上がる事から苦戦していた。くそ。なんで以前出来てた当たり前の事が出来ねえんだよ。自分の事が惨めに思えてくる。
「仕方ないわよ。貴方はこの半年間立って歩く生活を送って来なかった。だから立ち上がる為の筋肉が一時的に弱くなってるの。それはリハビリを続けていけば回復するわ。だからそんな落胆をしないで」
看護婦さんが俺の背中をポンポンと優しく叩きながら言う。俺はまたその言葉に情けなく感じる。早く立てるようになりたい。そう思った……思ってしまった。そのせいでさらに立てない自分にムカつく。無意識に歯にグッと力が入る。
「……蓮本」
後ろで久川さんの声が聞こえた。それがあまりにも同情に聞こえてきてまた嫌な気持ちになる。なんで俺こんな嫌な気持ちにならなきゃいけないんだよ。
結局リハビリは初日と同じで、いや寧ろ悪い成果を上げていた。
「あんまり思い詰めないで蓮本」
リハビリを終えて車椅子に乗った俺を久川さんが押しながら言う。はぁ。なんか余計思い詰めそうだ。出来ない自分が恨めしい。
もしかしたら俺が声を出せないのが精神的な物のように今俺が立てないのも精神的な物じゃないのか? なんてまだ始めて2日なのにそんな事を思ってしまう。こんなんじゃ駄目だな。
「……あ」
俺は自分で車椅子を漕ぐ。いつまでも彼女に甘えてばかりという訳にもいかない。俺は自分の病室に着くと俺はベッドの手摺に手を掛ける。
「――っ」
手摺を掴んだ手に力を入れる。そして立ち上がろうと身体を動かそうとした瞬間
「蓮本っ!!」
後ろで久川さんの慌てた声が響く。それと同時に俺の身体は車椅子から地面へと引っ張られるように倒れ込んだ。いや足を踏ん張る力が無いから倒れ込むのは当たり前なんだけど。
ああ~。なんだろうな。以前だったら痛みがすぐ伝わってきたのに、今はゆっくりジワジワと染み入るように伝わる。くそっなんでだよっ。頬に冷たいが流れるのを感じた。涙。そう俺は今の自分が惨めすぎて泣いている。立ちたいのに。今まで通りでいたいのに。思うようにならない自分の身体に惨めに思うのと同時に腹が立つ。そんな時――。
「……大丈夫だよ蓮本」
優しげな口調、声音が聞こえると同時に首と背中に柔らかな感触が訪れる。彼女――久川奈津が後ろから俺を抱き締めたんだ。なんで……なんでいつもそうなんだよ。ここまでくれば分かる。久川奈津――なっちゃんは俺の事を本気で考えてくれている。昔とは違う。ちゃんと向き合ってくれている。だからこそ
「な……ん、でっ」
「……えっ」
久川さんが大きく目を見開く。そりゃそうだ。俺も驚いている。か細く弱々しい声だが俺の口から声が発されたのだから。
「……っ。な、んで……。そんな……やさ……しいんだよっ」
俺は途切れ途切れになりながらも彼女に言う。なんで今更俺なんかに関わるんだよ。優しくなんかするなよ。そんな事をされたら俺はまた勘違いをしてしまう。人をもう1度信じてみようって思っちまう。だから
「俺、に……構、う……なよ」
「……っ」
俺の言葉に彼女が息を呑むのが聞こえた。そして俺の身体に触れていた彼女の温もりが離れたかと思うと、後ろからバタンッという音が響く。おそらく久川さんが思いっきり扉を開けたんだ。その証拠に廊下をカッカッとすごい速さで駆ける足音が聞こえた。
俺は下に目を向ける。下には汚れ1つない真っ白な床があった。俺はそれを見て思う。きっと俺の心はこの白い床とは真逆の黒なんだろうなと。




