何ひとつとして知らない
「……なんだったのよあの子」
いや、それは俺のセリフだわっ。と俺は久川さんに車椅子を押されながら思った。さっきの事を思い返す。突然泣き出した深冬ちゃんの真意は分からない。でもこれだけは言える。俺が彼女を傷付けたんだ。
なんで泣かせてしまったのか。それは分からない。それは当然だ。昨日知り合ったばかりで俺は彼女の事を何ひとつとして知らない。深冬ちゃんが今までどんな生活を送って、どんな思いを抱えて生きてきたのか……全く想像が着かない。
「あんな感じにしたくて話し掛けた訳じゃなかったのにな……」
後ろで呟く久川さんの声。いやいや、どう見ても貴方っよく分からない意地を張ってましたよね。というかそもそも、なんで話し掛けようなんて思ったんだよ。俺が久川さんだったら無理だ。知らない人間に自分から話しかけようなんて……そんな事出来る訳がない。他人を受け入れることほど俺にとって難しい事はない。
「なんか……蓮本と似てるなって思ったから話し掛けたのよね。まぁ知り合いみたいだったからっていうのもあるけど」
俺と深冬ちゃんが? 車椅子という意味では同じかもしれない。他に似てるところなんて……。
あ。1つだけ思い付くのがあった。さっきの突然泣き出した深冬ちゃんの感じ。あれは俺が小学校で居場所を感じなくなった時の俺と似ていた。誰かに裏切られたと感じて周りにあたる。もしかして深冬ちゃんは俺に裏切られたと思ったのか。でもいったいどうして?
『なんで……なんで信じ……られるの、よぉっ』
あの言葉。なんだったんだ……。俺が人を信じてるように深冬ちゃんにはそう見えたのか? そう見えたのは、俺が久川さんを止めた時か。でも俺はあの時なにも考えてなかった。息を吸って吐くのが当たり前のように俺は彼女を止めていた。なんで俺はあの時止めた? そしてなんで深冬ちゃんはその光景を見て俺が人を信じてるように見えたんだ?
でもその言葉から予想を立てることは出来る。彼女は――。
「あの深冬って子……誰かに裏切られて傷付けられたのかな?」
独り言のように久川さんが呟く。そう、今まで信じていた人間。友達や家族との間になにかあったんじゃないのか? それも心に深い傷痕を残すほどの。
俺は久川さんに目を向ける。久川さんの顔はなにか思い詰めているようだ。おいおい。なんで今日知り合ったばかりの女の子の事をそんな顔して考えてるんだよ?
久川奈津がかつてのなっちゃんだと知って俺は最初こそ憎悪の気持ちに駆られた。けどこれまでの彼女を見て俺の知ってる優しいなっちゃんそのものだと思えるようになった。
――けどそれもなにか裏があるはず。
心の奥底にいる俺があざ笑うかのように問いかけてくる。確かにこうやって接するのはかつての行いを許して欲しいという懺悔……いや打算的な所もあるのかも知れない。
それでも高校生になったなっちゃんと関わり始めてから俺の日常は大分変わった。それこそ彼女に色んな物をもらった気がする。だからこそ、打算的な所も少なからずあるだろうけど。それでも信じてみたいって思った。だって……彼女から歩み寄ってくれたんだから。期待は少なからずする。もう1度やり直したいって。俺は久川奈津――なっちゃんを見ながらそう思った。




