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なんでそうなってんだ?

「はい蓮本っ」


 翌日。久川さんがテーブルの上に、1冊の本を置いた。表紙にはこう書いてあった。


――誰でも簡単に覚えられる手話 日常会話編


 俺はその本とニコニコと笑っている久川さんを交互に見る。まさか本当に買ってくるとは。俺は昨日の事を思い出す。


『ゴン……』


 いきなり昔の呼び方を聞いて驚いた。何年ぶりだろう。でもそれよりも気になったのは、そう呼んだ時の顔だ。なにか思い詰めたような顔だった。

 俺は彼女に目を向け頭を軽く下げる。こういう所はしっかりしておかないとな。いくら会話が出来ないとはいえ、礼儀を失していい理由にはならない。


「い、いいわよっ。一々頭下げなくてっ」


 頭を上げると久川さんが顔を真っ赤にしてあたふたと手を動かしている。なんでそうなってんだ?

 俺はそんな彼女を無視して本を開く。そしてパラパラと流し見していく。なるほど。おはよう、おやすみなさい、いただきますなどといった日常会話でよく使う事を中心に手話の説明してくれるようだ。 


「…………」


 俺は本に意識を集中させる。でも横から視線を感じた。俺は横に目を向けると、久川さんが俺の事を凝視していた。そんなに俺の顔を見てて楽しいか?


「あ、ごめん。邪魔だよね?」


 そう言うと悲しそうな表情で彼女は続ける。


「出来ればアタシも。手話覚えられたらなって」


 久川さんが? 俺は考えてみる。確かに彼女も覚えてくれたら、コミュニケーションという意味では楽になるかもしれない。俺は彼女の言葉に頷く。


「え……いいの?」


 確認を取ってくる彼女に俺はまた頷く。


「なら一緒に見せてっ」 

「――っ」


 俺は彼女の行動に息を呑む。言葉が紡げないのに、こういうのは出来るなんてな。とそんな事より。久川さんはベットに腰掛けたかと思うと靴を脱いで俺に身体を密着させてくる。俺は焦るけど、喋れないのでそれを伝える事が出来ない。


「ん、どうしたの? あぁもしかして照れてたりするのかな〜?」


 そう言って久川さんは俺の身体に抱きついてくる。彼女の顔を見るとニヤニヤとイタズラっ子のような笑みを浮かべていた。もしかしなくても確信犯っ。喋れないのをいい事にイタズラしてんのっ。


「ほら。本見せて?」


 そう言って、彼女はさらに身体を俺に密着させてくる。や、やばいって。胸……って全く無いからそんなにキツイって事はないか。でもその分、感覚が一点に集中されてやばい。後、久川さんの身体からほんのりと甘い香りがする。なんだよこれ、香水の匂いか?

 俺はそれで焦っているけど、久川さんはそんな俺を無視して本に集中していた。


「ふむふむ。おはようは……こうね」


 そう言うと久川さんは両手を使っておはようの手話を使う。その姿は昨日、教わったのと全く同じだった。


「これで合ってるのかな? ん、蓮本?」


 彼女の紫色の瞳が俺に向けられる。紫色の瞳は彼女のオレンジ色の髪と良い感じにバランスが取れていて、神々しさまで感じる。つまり可愛いと思う。俺は彼女の顔を見て頷く。


「えっと……合ってるって事?」


 不安に満ちた瞳で問いかけてくる久川さんに俺はまた頷く。


「そっか。そっか~っ」


 次の瞬間、久川さんはとびきりの満開の笑みを浮かべるとギュッとと強く抱きついてくる。俺はまたそれで慌てる。この後、この繰り返しが何百回と続いた。1つの手話が出来る度に抱きつかれるのは、正直辛いな。理性的な意味で。


「と。もうこんな時間か……」


 久川さんが時計を見てそう言ったので俺もつられて見る。時計は12時になる5分前を差していた。


「そろそろご飯も来るし片付けよう」


 そう言うと、久川さんは俺から離れていく。何故かそれが寂しいと思った。いや本当になんでだよ。そう思ったと同時に昼食が運ばれてきた。

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