儚い子だな
「皆さん、おはよう御座います」
中年の女性が挨拶と共に左手をグーにして左耳より少し上の辺りからおろし、そして胸の辺りで今度は両手をグーにして両方縦にすると、どちらの人差し指もぐにゃっと曲げた。なるほど。これが手話でのおはよう御座います、か。
俺は昨日リハビリを担当する先生からここ――ふれあい広場に参加してみないかと言われた。ふれあい広場とはこの鷹明病院の1階に広場がある。その広場で週1で手話で会話をする場を設けているという話だ。因みに俺みたいに全く使えない人間もよく来るらしい。
「では2人1組みになってください」
手話を交えてそう言う中年の女性。そしてその言葉が終わると同時に各々ペアを作る為に動き出していた。俺も動かないとな。俺は周りに目を向ける。周りでは次々とペアが出来上がっていた。前回にも来てる人が大半を占めているという話は聞いていた。だから仲良さそうな雰囲気で話している。と言っても、手話だから何言ってるか分からない。
俺はある一点――女の子に目が留まる。今外でシトシトと降っている雪のように白い肌。まだあどけなさの残る幼い顔。中学生くらいだろうか? その女の子は顔を俯かせたままじっとしている。俺は彼女に親近感を抱いた。失礼な話だが彼女も俺と同じ車椅子だったからだ。俺は車椅子を動かして彼女の元へ向かう。
「……?」
彼女は目の前の俺を見て戸惑った表情をしている。そうだった。喋れないのにどうやって伝えるんだよ。取り敢えず思いついたので自分を指差してから彼女を指差した。
「……一緒に、組んでくれるの?」
俺は唖然とする。この子喋れるのか。
「って聞こえないんだっけ、どうしようっ?」
そう言って、慌てる彼女を見て俺は何故か嬉しくなる。話せない人ばかりだと思っていたから。まぁ俺も声を出せないから一緒なんだけど。俺は彼女の言葉に頷く。
「え? もしかして聞こえてる?」
再度確認を求めて来たので俺はまた頷く。
「な、なんだ。良かったぁ」
――儚い子だな。
そう言って笑った女の子の顔は今にも、消えてなくなりそうに見えるほど儚く見えた。取り敢えず俺達はペアを組む事になった。
「わ、私……藍原深冬。14歳」
俺より、2つ下だったか。
「えっと。名前教えてほしいけど、喋れないよね?」
不安そうにする彼女に軽く手を上げる。彼女が不思議そうに俺を見た後、俺は膝の上に置いていたノートとペンを取り出す。筆談をする為に用意したものだ。物を掴むくらいの事は出来るので、字も普段より遅くて汚いが一応書ける。
『俺の名前は蓮本龍。16歳。よろしく』
俺はそう書いて彼女へ見せた。もちろん名前が読めないと困るだろうから、ふりがなを振っておいた。
「蓮本……龍。うんっ、宜しく」
嬉しそうに彼女は目を細める。こうして俺の手話を覚える毎日が始まった。




