人間は面倒くさい
「ねぇねぇさっき久川さんが……えーと」
午前中の授業の終わりを告げるチャイムがなり、教師への挨拶が終わると俺はいつも通りその場で飯を静かに食べようと、鞄の中に手を入れた瞬間1人の女子生徒が話しかけてきた。次第に俺の周りにぞろぞろと人が集まってくる。一瞬何事かと思ったが彼女の言わんとしてる事を理解した。にしても……
「は、蓮本……」
彼女は俺の名字を聞くと一瞬気まずそうに目を伏せた後、再び俺に目を向けると見事な作り笑いを見せてきた。いやうん、俺が必要最低限人と関わらないようにしてきたからこの反応は当然なんだけどさ。
まぁつまりこういう事だ。校内で1番人気のクール系ギャルの久川奈津。笑わない事で通ってる彼女が今朝、俺――蓮本龍の前で今までの冷たさを感じさせる態度とは一変していた。その訳を問い質したいのだろう。
俺は周りに群がる連中にお構いなしに盛大な溜め息を吐く。下らない。人はどうしてそんなどうでもいい事に食いついてくるのだろうか。いやなんとなくだが、その理由に検討はついている。
人は常に心の何処かに退屈を持て余している。だからその退屈を埋める為にそんなどうでもいい事に必死になるのだ。少しでも自分の退屈な気持ちを和らげる為に。
「……蓮本」
鈴の音のように凛とした声が俺の鼓膜を震わす。声のした方へ目を向けると、そこには仁王立ちして胸の前で腕を組んでいる久川。彼女は少し不貞腐れたような顔で俺を見ている。
「……ちょっと来い」
そう言って彼女は自分の席に立ち寄り鞄を片手に持つと、それを肩に担ぐようにしてから教室から立ち去っていく。俺はめんどくさいなと思いながら鞄から弁当の入った袋を取り出し手に持つと、彼女の後を追うため教室から出る。
教室から外に出ると少し離れた所で、こちらに目を向けた状態で立っている久川がいた。どうやら待ってくれていたらしい。だが俺の姿を確認すると後ろを振り返り無言で歩き出した。どうやら付いてこいと言う事らしい。
「……ここでいいわね」
無言で付いていくとそこは俺達のクラスのある第一校舎の屋上だった。周囲に目を向けると人は全くおらず、今朝同様どんよりとした空模様の雲が広がっている。なんでこんな所に連れてきたんだ? と疑問に思っていると
「……ごめんなさいっ」
といきなり久川はその言葉と同時に頭を下げてくる。
「な、何……どうしたのいきなり?」
俺はおどおどしながら尋ねる。
「今朝の事……それに昨日の事を謝りたくて」
両手を前で合わせるともじもじしながら久川が言う。今朝……それは鬼原の件だろう。だが昨日の事というのは何だ? 告白した件について謝ろうとしてるのだろうか?
「よ、良く分からないんだけど」
素直に尋ねると彼女は何度か口を開いては閉じてを繰り返す。言いづらい内容なのだろうか?
「その……、いきなり告白なんかされても迷惑だよね?」
ん? これはもしやネタバラしの流れか。罰ゲームで告白しただけで本当はアンタの事なんとも思ってないのってカミングアウトしてくるのだろうか? まぁ俺としては早くそんな茶番を終えてほしいのでここでキッパリ振られてお終いとしたいから有り難いのだが。
「アタシ達、ただクラスが同じってだけで良くお互いの事知らないものね。だから友達から始めましょう」
「……は?」
俺は久川の言葉に間抜けな声を上げ固まる。友達……誰と誰が? なんでそんな話になるんだよ?
「だから今朝アタシの事知ってほしくて、ウザがられるの承知であんな絡み方したの」
「お、俺に自分の事……知ってもらう為に?」
俺が尋ねると彼女はコクンと頷く。あぁこれはつまり罰ゲームは続いていると言う事か? なんとしても罰ゲームを俺で実行したいと。企画した方はやる気になってる所アレだが、巻き込まれる側の俺としては有難迷惑な話でしかないんだが……。人間は面倒くさい。たった1人のエゴに振り回されるのだから。
「そ、その……俺は友達なんて」
――いらない。そう言おうとしたら久川が俺の目の前に移動してきたかと思うと両肩に手を置いてくる。それによって言いかけてた言葉が呑み込まれる。
「アタシと……友達になってくださいっ」
潤んだ瞳を俺に向けながら彼女は言う。その表情は必死さが滲み出ていた。そこまでして罰ゲームを完遂させたいのかよ。久川奈津……。コイツも他の奴等と同じで、退屈を凌ぐ為だけに俺を利用しようとしてるのだ。こんな必死な顔をしたって心の中ではほくそ笑んでいるに決まってる。……信じたりなんか絶対しない。信じた分だけバカを見るに決まってるから。
「ご、ごめんなさい……」
俺はそう言って彼女に背を向ける。背後で久川さんが息を呑む音が聞こえた。自分の描いていた事と違う事に驚愕してるんだろう。俺はそんな久川を無視して元来た道を引き返す。あぁ、飯どこで食べよう。とどうでもいい事を考えながら歩く。




