俺はそんな人間なんだろうか
誰だ? と思って目を向けて俺は驚き息を呑む。だってそこにいたのは、榊原優恵の父親だったのだから。
「久しぶりだね……。あぁ君が喋れないことは聞いているし、身体を動かすのも一苦労だろうからその姿勢のまま聞いてくれていい」
いったいこの人は何をしに来たんだろう? 俺が疑問に思っていると
「今日……、息子。晶の判決を聞いてきた」
それを聞いて胸が重くなった。そうか、今日だったんだな。目覚めてから3ヶ月くらい、宮下巡査部長とその部下達が俺に事情聴取をしに来てたけど。パッタリ来なくなって、どうなったのだろうと思ってたけど。
「……判決は有罪で7年の懲役だ。そこから未決の分を引かれて6年と9ヶ月だな」
俺は最初何を言ってるのかよく分からなかったが裁判の間拘置所という場所で、判決を待つらしい。もちろんそれが嫌だという人間は保釈して出る事が出来る。ただその為には保釈金を払わなくてはならない。窃盗で大体20万くらいだとか。
それを払えない人間は拘置所で判決が出るまで過ごすことになる。そして判決を言い渡されたとき、それが有罪ならば言い渡された懲役年数から、拘置所で過ごした期間。この場合3ヶ月だが、その分が引かれる。だから6年9ヶ月という事らしい。
因みに拘置所にいる時に刑務所行きが決まった人間を赤落ちというらしい。
「まぁ晶は未成年だからな。18になるまでは少年院で過ごして、その後初犯刑務所に移送されるらしい」
俺は淡々と語る男――日下部祥三を見つめる。彼とは榊原さんの件で1回だけ会った。今更なんの用事で来たのだろう。もう俺はあの日以来関わってもいないっていうのに。
「今回は息子が君や君の友達に迷惑を掛けてすまなかった」
そう言って、日下部祥三は頭を下げた。え? 何やってんだよ。貴方が謝ることでもないだろう。
「こんな事になるくらいなら、ちゃんと晶や妻に真実を話せばよかった」
真実? 何を言ってるのかよく分からない。
「全て優恵から聞いていた。君は優恵を葛刃託斗という生徒から守ってくれたんだろう?」
葛刃託斗。あぁあのガキ大将の事か。確かにそんな名前だった気がする。
「他にも聞いている。君は複数の生徒にあらぬ噂をでっち上げられたこと。そのせいで君は学校では腫れ物扱いを受けている事を」
それ全部、榊原さんが言ったのか。でもそれならなんで
――その事を告発しなかったんだ?
正直あの時訴えられていれば、状況は良くも悪くも変わっていたと思う。なのにどうして――?
「何故訴えなかったのか……? 蓮本君。君はそう思っているのかな?」
俺はその言葉に頷く。
「君の話を聞かされた時言われたんだ。『もし私の身に何かあったとしても大事にしないで』と」
そんな事を榊原さんが。でもそれでも
「それでも言おうと思えば言えた。だが、私はそれを言って警察が優恵の身体を好き勝手に弄くられるのが我慢ならなかった。沙奈や晶はそれを全く考えていないようだったがね。これ以上、娘である優恵を辱めるような真似をしたくなかった」
その言葉に俺は複雑な気持ちになる。この人の選択は親としては間違っていないと思う。検査となれば、遺体にメスなり器具なり使う。それで傷付く榊原さんの身体を見たくなかった。親としては当然かもしれない。けど、訴えて全てを白日の下に晒す事こそが……榊原さんの為になったんじゃないのか?
「当然後悔もした。あの時訴えて全てを白日の下に晒す事をすれば、妻とも別れずに。そして晶が君に迷惑を掛けることも無かっただろう。実際、優恵の納骨が済んでから私は毎日墓に行った。そんな時だ。君に会ったのは……あの時の事を覚えているかい?」
『すいませんっすいませんっすいませんっ』
忘れられる訳がない。あの時の事は俺の脳裏にまだ残ってる。俺は榊原さんが眠る墓の前で、日下部祥三に向かって土下座して何度も謝ったんだ。狂ったように。あの時俺は自分を責めすぎていた。
『でも俺と出会って関わったばかりにこうなってしまった。どうすれば俺は許してもらえもらえますかっ』
俺と知り合ったばかりに彼女は死んだ。彼女が自殺する切っ掛けを作らせてしまった。
「私はね。あの時に思ったんだ。君はもう十分優恵の死に精一杯向き合おうとしてくれている、と。」
本当に俺はそんな人間なんだろうか? 答えは否だ。俺がそんな人間だったら、まず人とトラブルなんか起こさないだろう。
「今回は謝罪とこれまでの事をちゃんと話したかったんだ」
そう言うと、日下部祥三は俺に一礼して後ろを振り向く。俺はその後ろ姿を見つめる。暫くすると扉が開かれ消えていった。俺は天井を見上げる。
――みんな、ごめんなさい。
俺は榊原優恵さんとその家族の人生を歪ませてしまった事に、改めて謝罪の言葉を心の中で呟いた。




