久川さんはどうして
俺が病室で目を覚ましてから半年が経った。ようやく手足に力が入るようになって、ハイハイしながらではあるけど移動は出来るようになった。悲嘆する必要はない。手が使えるようになったお陰で車椅子が自分の意思で使えるようになったからだ。
以前までは、久川さんが車椅子を押してくれていたけど、今では自分の力で漕ぐ事が出来る。最初はパイプの硬い感触に上手く手が動かなかったけど、毎日漕いでた成果で今はもう楽に漕ぐコツを身に着けた。それでも細かい操作はやりにくいから、結局彼女に頼る形になるのだが。
「あらおはよう。今日は彼女さんはいないの?」
看護婦さんがニッコリと微笑みながら俺に問い掛けてくる。俺はその問いに顔が熱くなる。
「――っ」
「あらあら。照れちゃって……可愛いっ」
俺はその言葉に耐えきれなくなって、無言で車椅子を漕いて去る。後ろから「うふふっ」と看護婦さんの笑い声が聞こえた。全く……、こういうからかいはやめてほしい。俺が未だに声を出せない事をいい事に言いたい放題しすぎだろ。
半年間、久川奈津は俺の看病を献身的に続けてきた。そんな彼女はいまやこの病院の看護婦さん達の間で、ちょっとした有名人である。
でもそれは、彼女が過去にした過ちを思っての行為だろう。俺が好きだとかそんなの関係ない。第一好意なんか久川さんが抱くはずがない。あの時俺はハッキリと切り捨てられたのだから……。
「……だ〜れだっ」
その言葉と同時に目を塞がれた。目の辺りを柔らかい感触が優しく包み込んでくる。あぁまただ。こんな事をまばらとはいえ人が通る場所でするから、あらぬ誤解を受ける。その手が開放されると同時に目の前に目隠しをしてきた本人がニッコリ笑顔で現れる。
「正解は……なっちゃんでした〜」
自分でなっちゃんって言うのかよ。俺はそんな事を思いながら腹立たしい気持ちで久川さんを睨む。
「ど、どうしたの? そんなに見つめられると照れるんだけど」
そう言いながら彼女は胸の前で両手を組んでもじもじさせる。違うわ。アンタが毎日ここに来るせいで看護婦さん達にあらぬ誤解を受けてんだよっ。そう言ってやりたいけど声が出ないから、俺は諦めて車椅子を漕ぎ出す。
「あっ。ちょっと待って」
後ろからそんな声が聞こえて、車椅子を後ろへと旋回させて彼女の方へ手の平を突きだす。
「えっと……、付いてくるなってこと?」
俺はその言葉に頷く。すると彼女の瞳が潤みだす。今すぐにでも泣き出しそうな顔に俺は焦る。
「分かった……病室で待ってるから」
久川さんが寂しそうにそう言うと、俺の病室の方向に去っていく。
「……あらあら。青春ねえ〜」
近くにいた看護婦さんが楽しそうに言う。いやいや、今のどこに青春があったの?
「ちゃんと謝らないとダメよ~。彼氏彼女の喧嘩なんて彼氏が悪くなくても謝るのが常識なんだから」
そんな常識初めて聞いたよ。というか、久川さんは彼女でもないし。俺はそう心の中で毒吐きながら車椅子を漕ぐ。
そもそも久川さんはどうして俺の看病をしてくれるんだ。自分の正体もバレたっていうのに。
――本当に俺と仲良くなりたい、とか……
俺は言葉に出した言葉を頭を振って否定する。そんな事ある訳ない。第一、俺がそれを許せない。でもこれまでの久川さんは
『――もう大丈夫よ』
6年前、俺を切り捨てた彼女とは全然違っているように見えた。むしろ仲の良かった頃と似た空気を醸し出してた。いやいや、騙されるな。きっと裏があるに決まってる。取り敢えず屋上に向かおうとエレベーターに向かおうとした瞬間
「――よう」
「こんにちは。龍君」
とある2人の男女に呼び止められた。




