ただ1つ言えるとしたら
「――っ」
俺が病室で目覚めてから1か月の月日が経った。俺は未だにこの鷹明病院でお世話になっている。俺の身体は依然として回復していなかった。日常生活に差し障るレベル。
今まで出来ていた事が急に出来なくなるって凄い虚しいんだな。俺はそんな事をこの病院生活の間思っていた。
自分の力で歩く事も、自分の力でご飯を食べる事も何も出来ない。俺……なんの為に生きてるんだよ。
「おはよう。ゴ……蓮本」
病室で目覚めてからというもの、久川さんは毎日ここに来ていた。俺の身の回りの世話を焼いてくれている。それが俺に対する過去の詫びとしてなのか、単純な好意なのかは分からない。ただ1つ言えるとしたら、こんな事で俺は彼女を許す気が無いってことだけだ。
「ほら蓮本……あ~んっ」
そう言って久川さんは俺の口元にスプーンで掬ったお粥を寄せてきた。俺は流動食ならなんとか食べる事が出来た為、朝昼晩のメニューはお粥を始めとした流動食にしてもらっている。にしても
「……? 蓮本もしかして食欲ない?」
コテンと首を斜めに傾げる彼女を見て思う。いや流石にあ~んってされるのが気恥ずかしいんだけど。身体が思うように動かないし、声がまだ出ないから拒絶が出来ない。ただ最初の頃は、久川さんの事を睨みつけてたと思う。久川さんは俺の目を見てこういった。
『蓮本。アンタがアタシにその目を向けるのは自然なことだと思う。だけどせめてアンタがこの病院を出るまでは看病させて』
そう言った彼女の目はいつになく真剣だった。なんでそこまでやれるんだよ。俺が逆の立場だったら気まずくて出来ない。むしろ距離を取ってると思う。というか、いつから俺の事を気付いてたんだ?
俺は彼女が差し出したままでいるお粥の入ったスプーンに齧り付く。柔らかい食感が喉をツルッと抜けていく。
「良かった。食べてくれてっ」
そんな俺を見て久川さんは笑みを零す。どうして彼女は俺に笑みを見せられるんだ? そんな事普通ならできるはずもないのに。色々聞きたい事がある。どういうつもりで俺に近づいたのか。いやちょっと待て。
もしかしてまだ罰ゲームが続いてるのか。あの事件も仕組まれた……いやそれは考えすぎか。だって彼女が俺の中学時代を知る訳がない。それに日下部君は久川さんを本気で襲おうとしてた。嘘告白とか罰ゲームの次元はとっくに超えてる。
「よし。皆食べたわね。アタシ片付けてくるわ」
そう言って、久川さんが食べ終わった食器を持って出ていく。俺は久川さんの事を考える。彼女がいてくれて凄い助かってる。彼女がいなければ俺はここで何も出来なかった上で、1人虚しく生活していただろう。こうやって毎日来てくれるだけでも有り難い。
だけど、この生活が終わったら俺は間違いなく久川さんと距離は取るだろうな。こうして世話を焼いてくれてる事には感謝だ。でもそれでこれまでの事が綺麗に無くなる訳じゃない。
「ただいま」
久川さんが戻ってくる。そしてクローゼットに行くと洗面器とタオルを取り出す。そして洗面台の方に行って洗面器に水を溜めると
「さてと。蓮本……。服、脱がすね」
と少し顔を赤らめて恥ずかしそうに言う久川さん。恥ずかしいならやめればいいのに。というか、俺が恥ずかしいからやめてほしい。最初なんて上半身だけじゃなく下半身まで拭こうとしたから、流石に声にならない声を何度も上げたものだ。
上着をスルスルと音を立たせながら彼女は俺の着ている服を脱がしていく。上着を脱いだら俺はシャツ姿になる。
「じゃあ、バンザイして」
俺はゆっくりと両腕を上げる。これくらいの事ならなんとか出来る。久川さんはシャツをまっすぐに引っ張りシャツを脱がした。そして俺の裸を見て顔を赤くさせる。
「そ、それじゃあ……拭くね」
そう言って彼女は遠慮がちに俺の身体を拭いていく。最近ずっと拭いてもらってるけど慣れない。早く終わってくれ。俺は心の中でそう呟く。なんか、いつもより久川さんが近いせいか、彼女の息遣いがハッキリと聞こえる。それだけで頭の中が真っ白になる。
「これで終わり。後はゆっくり休んでね」
身体を拭き終わると、脱がした服を俺に着せた久川さんは洗面器に溜まった水を洗面台に捨てタオルと一緒に洗うと、そのまま廊下に出ていった。おそらく飲み物でも買いに行ったんだろう。俺はそんな彼女を見送ると、はぁと嘆息しながら目を瞑る。




