許せないよ
「……っ」
俺は目を覚ます。頭に鈍い痛みを感じながら。あれ、俺どうしたんだっけ? 声を出したくても出せない。天井を見上げる。天井は白くて、所々にお玉杓子みたいな黒い点線が描かれている。
そして俺が今横になっているのは感触からして布団だ。それ以外は分からない。身体が動かせないから。だけど視線だけは動かせた。俺は周りを見回す。部屋の隅には小型のテレビ。反対側にはクローゼット。俺の右側に部屋の出入り口が有る。俺は左側に目をやる。
左側には壁一面の大きな窓が付いていた。窓から見える景色はビルや住宅街。それらを上から見下ろしている景色。小さいのが縦横無尽に複数動いている。あれは車だろうか。いつもは遠くに見える青空がやけに近く感じる。そんな事を思った時だ。
扉がガラガラっと音を立てて開く。扉の方に目を向けて俺は驚く。そこには、今にも泣き出しそうな顔をしている久川さんがいたからだ。
「……っ」
俺は久川さんになにか伝えようと口を動かそうとしたけど、全く動かない。口から紡がれるのは声にならないものだった。
「……蓮本」
久川さんが横たわっている俺を見る。その瞳は潤んでいた。
「目が、目が覚めたのねっ。良かった〜」
彼女は安堵したように、はぁと大きく息を吐く。そしてキラキラと輝く笑みをこちらに向ける。その笑顔が6年前のなっちゃんと被る。いや、被るもなにも。彼女はなっちゃん本人なのだ。
ゴン……。それは俺の渾名だ。何故ゴンなのかというと、俺の名前が龍で龍はドラゴン。そこでドラを取ってゴン。という訳だ。今になって思い返してみると馬鹿らしいなって思う。
俺は久川さんを見つめる。見つめてる内にどんどん怒りが溜まってくる。俺の人生を歪ませた張本人だからだ。それを久川さんは悟ったんだろう。俺の目を見て、その端正な顔に影が差し込む。
「やっぱり。気付いちゃったよね。アタシの事」
当然だ。ゴンなんて呼ぶのは限られてる。皆あの件以来俺の事をそう呼ばなくなった。今でもそう呼ぶのはアンタだけだよ。なっちゃん……いや、久川奈津。
「許してとは言わないよ。でもアタシはっ」
切なげな表情で久川さんは俺を見つめる。やめろ。そんな顔で俺を見つめるなよ。こんな時身体を動かせない自分が憎い。こんな場所に居たくない。目を塞いだ。だけど、耳が塞げないから彼女の声は聞こえる。
「もう1度。やり直せないかなアタシ達」
冗談言うな。やり直すなんて時期とっくに過ぎてる。大体そんな事思うくらいなら、あの時なんで……俺を見捨てたんだよっ。暫く静寂が辺りを包む。扉の開く音が聞こえ俺は目を開ける。久川さんが扉を開けていた。
「今日はアタシ、帰る。また明日ね」
寂しそうな表情を浮かべながら彼女が去っていった。俺は再び目を瞑る。
『もう1度。やり直せないかなアタシ達』
出来る訳ない。許せないよ。久川さん。俺はそんな事を思いながらもう1度眠りにつくのだった。




